おひさまがぽかぽか暖かい日でした。
今日もまたばいきんまんは、ドキンちゃんのわがまま…もとい、お願いを叶えるためにバイキンUFOに乗っておいしいものを探していました。
「メロンパンナちゃんは〜ふんわ〜りよ。メロンのかおりがほんの〜りよ」
そこへ、歌いながらパトロールをしていたメロンパンナが飛んできます。
ばいきんまんはさっと雲の中に隠れました。
メロンパンナはアンパンマンの仲間ですから、 ここで上手くやればアンパンマンをピンチに陥れることができるかもしれません。メロンパンナが大きな雲の下を通りかかった時、タイミングを見計らっていたばいきんまんは、 えいやっとバイキンハンドを繰り出しました。
大きな手がメロンパンナの小さな体を捕まえます。
「うきゃあっ!」
ぐわっしと体を握られたメロンパンナは、驚いて素っ頓狂な声を上げました。
「はっひふっへほー!」
「ばいきんまん!」
雲の中から飛び出してきたバイキンUFO。キャノピーを開けて身を乗り出したばいきんまんのお決まりの挨拶を聞いて、メロンパンナはばいきんまんを見上げます。
「運が悪かったなメロンパンナ! はははのはー!」
「どうするつもり!?」
「今考えてるとこー。さぁーて、どうやって使ってやろうかな〜」
るんるんとしっぽとつのを揺らし、ばいきんまんはこの後のことを考えます。
アンパンマンはもちろん、カレーパンマンとしょくぱんまんをおびき出すのに利用してやってもいいでしょうし、この子を隠してロールパンナを大暴れさせるのもなかなか楽しそうです。
けれど、どうするにしてもこのままでは小回りが利かないし、とても目立ってしまうので、もっとコンパクトにしてやろうと、ばいきんまんは縄を取り出しました。
バイキンハンドをもう一本出して、片手でメロンパンナを押さえつけ、その間にもう片方で彼女を縛ってしまいます。手慣れたもので、あっという間のことでした。
メロンパンナをぐるぐるに縛った縄の端をバイキンハンドでつまんで、 ばいきんまんは自分の目線まで彼女を引き上げます。
「離しなさい、ばいきんまん!」
メロンパンナは懸命にもばいきんまんを睨みました。
しかし、ばいきんまんはそれくらいではびくともしません。
むしろ、意地悪な笑みを顔いっぱいに広げて、
「かわいそうなメロンパンナちゃん! ぐふふふふ」
遠慮せずに声まで立てて笑います。
「やい、アンパンマンはどこにいる」
「知らないわ、そんなの」
「ふうーん……」
ばいきんまんは信じませんでした。嘘をついているに決まっています。
「いよーし、まずはパン工場に向かうのだ!」
無理やり吐かせても良いのですが、それは今は置いておいて、 とにかく一刻も早くアンパンマンを倒したいばいきんまんは彼らの住まいに向かいます。
さて、ばいきんまんはすっかり忘れてしまっているようですが、 メロンパンナは意外と…いいえ、メロンパンナに限らず、アンパンマン達は可愛らしい見かけとは裏腹に、とっても力持ちです。
バイキンハンドに鷲掴みされても、檻に入れられても、うんしょとまるで針金でも曲げるようにして壊し、そこから脱出してしまいます。
ぶちぶちぶち。
あんまり良くない音にばいきんまんが振り返ると、メロンパンナがまるで糸こんにゃくを千切るように縄を引き千切っていました。
メロンパンナを捕まえていたバイキンハンドは、今やぼろぼろになった一本の縄をつまんでいるだけになっていました。
「ばぁーいきーんまぁーん」
バイキンハンドを蹴って、メロンパンナはキャノピーが開け放されたUFOの操縦席まで飛んできます。

それはさておき、罪を憎んで人を憎まずというイディオムは、誂えられたようにアンパンマン達にぴったりと当て嵌まります。
ばいきんまんが作った薬、スーパーゴミハートを飲まされたせいで海底に独りで住まなくてはならなくなってしまったゴミラも、呪われた体質に寂しい想いをしながらも、原因であるばいきんまんを恨んではいません。
アンパンマンだって、ばいきんまんがいたずらをするから懲らしめなくてはいけないのであって、たまに彼がとてもいいことをしているのを見た際には、手放しでばいきんまんを褒めるのです。
それと同じで、ロールパンナが悪い心を持って生まれ、そのせいでメロンパンナ達と暮らせずに、くらやみ谷に独りで住まなくてはいけなくなってしまった原因……それはばいきんまんがバイキン草のエキスを彼女の生地に織り込んだからに他ならないのですが、それでもメロンパンナはこれまで、その罪を憎むことすら滅多になく、ばいきんまん本人を憎んだことに至っては一度もありませんでした。
ですが、今日はちょっと違います。
実はこの日、ばいきんまんに捕まえられる前に、メロンパンナはロールパンナと会っていました。
そこへたまたまアンパンマンが通りかかって、ブラックロールパンナになって彼を傷つけるのを嫌がったロールパンナは、メロンパンナへの別れの挨拶もそこそこに、さっと飛び立ってしまったのでした。
つまりばいきんまんは間の悪いことに、沈んだ気分を無理に盛り上げるために歌いながらパトロールをしていたメロンパンナを捕まえたのです。


「はひ…」
彼らが思ったよりも怪力であることを今更思いだしたばいきんまんは、狭い操縦席の中で後ずさりしました。
いつもならここでメロメロパンチを一発貰って、その間にメロンパンナは逃げるのですが……。
ぽか。
今回貰ったのは普通のパンチでした。
しかしそれでも結構な力で、ばいきんまんは思わず頭を抱えてしゃがみ込みました。
その間に、メロンパンナはマントの下から黄色いリボンを取り出します。
慌てて飛んでいってしまったロールパンナが忘れたロールリボン。
パトロールが終わったら、姉を探して返そうと持って帰っていたのでした。
「よいしょ、よーいしょ」
太いリボンをばいきんまんの体に巻きつけます。
ばいきんまんと違って、誰かを縛ったことなんて一度もないメロンパンナは、 あんまり上手にできません。
ばいきんまんがやるように、痛くないように、かつ逃げられないようにするのなんて土台むりな話なのです。
ですので、メロンパンナは手加減せずに、ぎゅうぎゅうとばいきんまんを縛ってしまいます。
「おわわ!」
バランスを崩したばいきんまんが操縦席の床に転がってしまいます。
ちょうどいいと思ったメロンパンナは、ばいきんまんの背中を片足で踏みつけて支え、 リボンを手前に引っ張りました。
「あいだだだだだだだ!!!!」
後手でまとめられたばいきんまんの手が跳ねあがります。
仕上げに、メロンパンナはリボンをびぃんと突っ張らせ、 その端っこでばいきんまんの両足をまとめて結びました。
弓のようにしなった極端な体勢で、ばいきんまんは床に転がされてしまいます。
「なっ、なにすんだ!」
「とりあえずこれでおあいこ」
「おい! 早くほどけ!」
「だぁめ。しばらく反省して」
メロンパンナはUFOの操縦パネルに腰かけ、足をぶらぶらさせます。
「アンパンチで吹っ飛ばされるわけでも、メロメロパンチで混乱させられるわけでもないんだから、
これくらいで済んで良かったね。ばいきんまん」
床に顔を擦りつけざるを得ないでいるばいきんまんにはその表情は見えませんでした。
が、メロンパンナからは変わった様子は見られませんでした。
いつもはメロメロパンチでお仕置きするところを、ちょっと手段を変えただけ。
メロンパンナにとってはたったそれだけのことです。
「こ、こぉーらぁ! さっさとこれほどけ、ばか!」
しかしばいきんまんにしてみればこれはとんでもない屈辱で、 自業自得だと最もなことを言われようが黙って受け入れるわけにはいきません。
「あーっ、ばかって言った! ばかって言った方がばかなのよ」
メロンパンナはぷんすか怒って、ばいきんまんに背中を向けて、操縦席に下ろしていた足を外に垂らします。
これまでがこれまでなので、ばいきんまんの言うことなんて聞いてあげません。
バイキンUFOは優秀で、誰もレバーを握っていないのに墜落することもなく、気ままに空を遊泳し続けます。
やがて、ばいきんまんの額にじわりと汗が滲んできました。
体全体をぎちぎちに縛られ、手足をまとめられているせいなのですが、
痛む全身とは別に、リボンが食い込んだ足の付け根あたりが他の所以上にひりひりするのです。
「おい、メロンパンナ……」
さっきまでの乱暴で威勢のいい声でなく、掠れるような小さな声を聞いたメロンパンナは、 体ごとUFOに向けました。
背中が反る形で無茶苦茶に縛られているのに、ばいきんまんのその背中は小さく丸まっているようでした。
慌ててメロンパンナはレバーを引きます。けれど、それだけではUFOは止まってくれません。
さっさと諦めて、メロンパンナはばいきんまんを抱えてUFOから飛び立ち、雲の上に降りました。
ふわふわのわたのような雲に埋もれ、痛めつけられていたばいきんまんは、 それにくすぐられてますます苦しそうな声を上げます。
メロンパンナは大急ぎでリボンをほどこうとしますが、 がっちりときつく結んでしまっていたせいでびくともしませんでした。
こうなっては仕方ありません。
「ごめんね」
一言謝ってから、メロンパンナは手をきつく握りました。
「メロンパンナの! めろめろぱんっ…ち!」
ちょこん、とばいきんまんにげんこつをぶつけます。
「ふにゃあぁあ〜……」
途端にめろめろのふにゃふにゃになったばいきんまん。
緩みきった体とリボンの間にできた隙間に手を差し入れ、メロンパンナは一か所だけリボンを千切りました。
それを手繰り、雲の上でばいきんまんを転がしながらリボンをほどきます。
やっと解放されたばいきんまんは、ぐったりした体をうつ伏せにして雲に預けました。
しんしんと痛む体を、柔らかい真綿が包みます。
「痛いの?」
放っておいてくれればいいものを、近寄って来たメロンパンナはばいきんまんの傍らにしゃがんでそう尋ねました。
いつもは元気良くぴんと立っているしっぽとつのが、へにゃりと垂れ下がってしまっています。
返事をするのも億劫なばいきんまんは、黙ったままで相手をしません。
しかしメロンパンナは諦めずに、ばいきんまんの体と雲の間に手を差し込んで、ばいきんまんを半回転させました。
肩で息をしていたばいきんまんは、面倒くさそうに薄く目を開けてメロンパンナを見上げます。
じっと目を合わせ、それからばいきんまんの体へと、メロンパンナは視線をずらします。
黒い体なので見つけにくいのですが、それでも良く見ればところどころ赤くなっていているのが解りました。
かわいそうなことしちゃったな、とメロンパンナは反省して、ばいきんまんの体にそうっと触れました。
「ぎっ…」
なでなでしてあげようとしていたのに、途端にばいきんまんは大袈裟に跳ねあがります。
慌ててメロンパンナから距離を取ろうとしますが、立ち上がることすらもままならず、仕方がないのでそのままずりずりとおしりを使って後ずさりしました。
しかし、どれほどばいきんまんが逃げようとしても、メロンパンナはあっという間に距離を縮めてしまいます。
後ろに手をつき、足を投げ出しているばいきんまんの前にしゃがんで、メロンパンナはばいきんまんの体に刻まれたリボンの跡をなでました。
労わるような優しい手つきで、メロンパンナはそのまあるい手でばいきんまんの足首の色の境目を撫でます。
すると、ばいきんまんの体は面白いくらいに跳ねあがりました。
「こら、さわるな! やめろ!」
「でもすっごく痛そう」
「お前には関係ない、ほっとけ!」
ばいきんまんはぷんとそっぽを向きますが、縛ったのはメロンパンナなので、
関係ないと言われても早々簡単には引き下がれません。
「いたいのいたいの…」
メロンパンナは手を伸ばし、他よりも一層赤くなってしまっているところに手を添え、丁寧になでました。
「とんでけーっ」
股です。
「とん、とんでけじゃない、いいから手を退けろ!!」
離した手を高々と空に向け、もう一度そこに触れたメロンパンナにばいきんまんは焦って、大声で怒鳴りました。
せっかく痛いのを撫でてあげているのに、どうしてばいきんまんが怒るのか、 さっぱりなメロンパンナでしたが、こうされるのをひどく嫌がっているのは解ったので、 そこに手を置いたまま動かしません。
「反省した? もう意地悪しない?」
「した! しない!」
「どっち?」
「いいからはやく!」
「もう、しょうがないなぁばいきんまんは」
ぷうとほっぺたを膨らませて、メロンパンナはばいきんまんから手を離しました。
素早くメロンパンナから距離を取って、ぶつぶつ文句を言いながら、 ばいきんまんはぴりぴりと痛む腕を冷ますためにふーふーと息を吹きかけます。
「………あ?」
ふと体に影が落ちて、ばいきんまんは顔を上げました。
すると、目の前にはこちらを見下ろしているメロンパンナがいました。
ばいきんまんが腕に息をかけているのを見たメロンパンナは、腕や足はともかく、 お腹辺りは自分では冷やせないだろうなあ、と心配し、ばいきんまんのお手伝いしてあげようと思ったのでした。
雲に膝をついて屈み、メロンパンナはばいきんまんのそこにふうっと息を吹きかけます。
「ぎぎゅ……!!」
おかしな悲鳴をあげるばいきんまんに、中途半端な手当では却って痛めつけてしまうのかも、とメロンパンナは止めるどころか、ますます顔を下ろしていきます。
ぺろ。
まるでミルクを舐める子猫のように、メロンパンナはばいきんまんのそこを舌でなぞりました。
怪我なんて舐めときゃ治る、とはカレーパンマンの教えで、メロンパンナはそれを実践したのです。
「ば……っか!」
堪らなくなって、ばいきんまんは振り上げた手をメロンパンナの肩に押し当て、力いっぱいに退かします。
それでも今のばいきんまんではごく弱い力にしかならなかったのですか、ばいきんまんがこうされるのをとにかく拒否したがっているのを察したメロンパンナは、不思議に思いながらもされるがままに離れました。
ずきずきするそこを歯を食いしばって耐え、ばいきんまんは這いつくばるようにして移動し、雲の端から下りようとします。
いつまでもここにいては、メロンパンナの善意に手酷く虐められかねません。
自動操作に切り替わっていたバイキンUFOがちょうど雲の下を通りかかっていたのを見つけ、ばいきんまんは飛びおりました。
メロンパンナが雲の縁に手をかけ、身を乗り出してばいきんまんの姿を目で追うと、ばいきんまんは使い慣れない小さな羽をせわしなくはためかせているところでした。
それでも、飛ぶというよりは落下速度をちょっと緩めるくらいにしかなりません。
バイキンUFOに近づく頃にはすっかり疲れて、最後には落ちるようになってしまいます。
すっぽりとはまり込むようにバイキンUFOに飛び込んだばいきんまんは、がくがく震える足を叱咤して立ち上がりました。
「覚えてろよ!」
こちらを見下ろしているメロンパンナに向かって、捨て台詞を吐きます。 メロンパンナはきょとんとしましたが、すぐに明るい笑顔になって、
「うん、忘れないように日記に書いとくね!」
ばいきんまんに手を振りました。
あまりに能天気なメロンパンナに、ばいきんまんはぎぎぎぎぎと歯ぎしりして、 力任せに操縦パネルを叩きつけます。
キャノピーが閉まり、物凄く早いスピードでUFOは空の彼方へと飛んでいきました。
「またねー!」
ばいばいきんと締めくくる余裕すらばいきんまんに与えなかったメロンパンナは、 遠ざかっていくUFOにそうやってとどめを刺しました。


パン工場に帰って来たメロンパンナは、バタコさんに裁縫箱を借りてお部屋でそれを広げました。
千切ってしまった部分をちくちくと縫い合わせます。
さらにそれをお風呂場で洗い、お庭で他の洗濯物と一緒に干し、夕方に取り込みました。
「うーん……」
両手に握った黄色いリボンをぴんと張り、元通りきれいになったのを確かめましたが、ちょっと考えてからメロンパンナはそれを自分の机の引き出しの中にしまいました。
「……やっぱり、ロールパンナお姉ちゃんには新しいリボンをプレゼントしよう」
そう決めて引き出しを閉めたメロンパンナは、椅子の上でうーんと背伸びをします。
いつものようにアンパンマンを呼ばずに、今日はメロンパンナひとりでばいきんまんと対峙したので、 ちょっと疲れてしまったのです。
おつかれさま、メロンパンナちゃん。