遠くまで連なっている山々の割れ目へと、太陽がじわじわと沈んでいく。日の入りを迎えた街は段々と薄暗くなっていった。
はちみつを垂らしたような色の空が、東の空から真上の空へと徐々に広がるように緑や紫がかってくる。
「んお?」
くらやみ谷に生えている薬草を採りにいって、バイキン城に帰る途中だったばいきんまんは、ぽっかりと開けた原っぱにひとつの影を見つけてUFOを止める。
ハッチを開けて身を乗り出す。一本だけ生えている寂しい木の幹によりかかって、メロンパンナが空をぼんやりと見上げていた。
その木の斜め後ろに位置し、更に空中にいるばいきんまんにメロンパンナは気付かないようで、彼女は空を見続ける。
しかし一番星を探しているわけでも、どこからか姉が飛んでくるのを待っているわけでもなさそうで、彼女の様子からは期待や不安が全く見られない。ただぼんやりとしているだけだ。
(……なんだ?)
らしくない様子にばいきんまんは訝しんだが、メロンパンナは憎き宿敵、アンパンマンの仲間である。(おれさまには関係ないし)
ハッチを閉め、レバーを引いて帰路を進む。
が、数メートル進むごとにメロンパンナを見下ろし、全く動く様子がない彼女の姿に閉口して、どうしてだかいらいらした。
「……だあもう!」
ばいきんまんの頭上で一番星がはっきりと輝きだした頃、5回目にしてやっとばいきんまんは前の4回とは違って、首だけで振り返るだけでなくUFOごとターンする。
ぐんぐん高度を下げていって、メロンパンナに近寄る。
「やいメロンパンナ!」
斜め後ろから声を掛けられたメロンパンナは、突然の声にも大袈裟に驚かず、頭を上げるのと同じタイミングに声がかったから、そのついでにとでもいうように振り返った。
「? ……あ、ばいきんまん」
「『なーんだ』とはなんだ!」
「そんなこと言ってないもん」
「顔が言ってたの!」
ぽかんともせず、かといってがっかりした顔でもなかったが、メロンパンナの表情はばいきんまんにそう言わせるのに十分だった。
けれども、一人でぷんすか怒っているばいきんまんにも彼女は臆さない。
「今日はアンパンマンと一緒じゃないよ」
「見ればわかる、おれさまはお前に話しかけたんだ」
ぱちくりと瞬き、メロンパンナは返事に困ったように体育座りの姿勢を取り直した。
黙る彼女の傍らには膨らんだピンクのリュックサックが放り投げてあった。
「どうしたのだ。家出か?」
「ばいきんまんじゃあるまいし」
「何をぉ!」
実際に、ドキンちゃんと喧嘩をする度に高確率で自分が自分の城から出ていかされているばいきんまんは、つのをぴょんと立てて怒鳴る。
「ウサ子ちゃんのお家にお泊まりする予定だったんだけどね、ウサ子ちゃんのお家の用事で駄目になっちゃったんだぁ」
それもさらりと流し、メロンパンナはそう告げる。
ばいきんまんもメロンパンナのペースに乗せられ、流されたものを一々掘り返さなかった。
「ふーん。じゃあ寄り道してないでさっさと帰れば」
「うん」
「ジャムも心配してるぞ」
「ジャムおじさんにはまだお泊まりが中止になったって言ってないの」
「でも帰らないわけにはいかないのだ。日が沈んだらすぐ暗くなるし」
「ねぇばいきんまん、何か企んでる?」
「なんで」
「なんだか優しいから」
「ばか言うな!」
失礼な! と叫ぶのではないのだ。ばいきんまんが、ドキンちゃんにはともかく他の奴ら、それもヒーローに優しいなんてことは絶対にあってはいけないのだから。
「ふん、おれさま帰る。お前もとっとと帰るんだな」
へそを曲げ、エンジンを噴かせてばいきんまんは飛び立つ。
離れ離れの姉を想って、約束もないのにあそこに留まっているのでもなければ、パン工場の誰かと喧嘩をして出てきたのでもない。
いいや、彼女にどんな事情があったとしても、ばいきんまんがそれに関わる必要は全くない。
どんどん小さくなっていくバイキンUFOを見送って、メロンパンナはふうと息を吐く。
お泊りが中止になった以上、パン工場に帰らなくてはいけない。帰りたくないのではないのだが、歩くのも飛ぶのもなんだか億劫で、ちょっと休憩するつもりが思ったより長くなってしまっているだけだ。
今日はウサ子ちゃんとネコ美ちゃんと一緒に、可愛いパジャマを着て、眠ってしまうまでお喋りするつもりだったのにな。
メロンパンナは目を閉じた。もう夕暮れだから、薄いまぶたを透かして太陽の光が入ってくることもない。
……。
………。
「……今日はドキンちゃんがデザートにプリンをつくるって張り切ってるのだ」
まぶたを押し上げると、バイキンUFOがすぐそばに浮いていた。
「晩ごはんはホラーマンがビーフシチューをつくるって」
きょとんとするメロンパンナに、ばいきんまんは操縦パネルに肘をついてそっぽを向く。
「ふたりとも作りすぎて余らせる天才だから、お前が来ればちょうどいいのかもな」
ぱちぱちと何回か瞬いて、それからゆっくりとメロンパンナの大きな目がひっくり返した三日月をかたどった。
ふんわりと浮いて、バイキンUFOと並ぶ。
「はーん、勘違いするなよ。おれさまひとりで余り物食べたくないだけだ!」
まだ何も言っていないのに言い訳をするばいきんまんに頷いて見せ、メロンパンナはガラスのハッチに取り付けられた2本のつのの間に座る。
SLマンのように出発進行!とも言わず、鳴らす汽笛もないから、ばいきんまんは黙ってレバーを押す。
「わあ。こうやって飛ぶのもマントと違って楽しい」
ハッチの天辺に座ったメロンパンナがぱたぱたと足を交互に動かす度に、こつんこつんとガラスを叩いた。
絶壁の崖の上に建つバイキン城の、大きく開かれた口からばいきんUFOは城の中に入る。
「お邪魔しまーす」
ハッチから飛び降り、きょろきょろと周りを見回すメロンパンナを、この城では聞
きなれない声を聞きつけてやってきたドキンちゃんが見つけて、ぎょっとした。
「わっ、メロンパンナじゃない! どうしたのよばいきんまん」
「どうもしないのだ。おれさま忙しいからご飯出来たら呼んでね」
ドキンちゃんに問い詰められる前に、ホラーマンがメロンパンナを見つける前にと、ばいきんまんは急いでラボに引っ込む。
ばいきんまんを招き入れ、ラボの自動ドアが閉まった。と思えば、またすぐに開き、
「メロンパンナ、ドキンちゃんに迷惑かけるんじゃないぞ!」
メロンパンナにそう言いつけた。
「はーい」
ミミ先生に言われたように、メロンパンナは元気良く手を挙げる。
「なぁに考えてんだか。囮にしてロールパンナでも焚きつけるつもりかしら」
誰にも聞こえない小ささで、ドキンちゃんが呟いた。
ふよふよと宙に浮いてあちこちを探索していると、ひときわ大きな扉で行き止まりになっていた。
わくわくしながらメロンパンナがドアの前に立つと、取っ手を探すよりも先に、するりと勝手に扉が開いてしまう。
何もかもがメルヘンとアナログでできている町とは違って、このお城はどこもかしこもメカメカしい。
部屋の中に足を踏み入れる。随分と埃っぽくて、そのくせ湿っぽくて、メロンパンナには適さない環境だった。
「すごい……」
しかし、それも一瞬で吹き飛んでしまうほどだった。
どうやらここは図書室のようで、壁一面に高い高い天井まで届く本棚が並べられている。
そこにはぎちぎちに本が押し込まれていて、それだけでなく床にも何百冊もの本が堆く積まれていた。
いつかメロンパンナが見つけた、バッドエンドで終わっているだけでなく、その後ろにもずうっと白紙のページが続いているシンデレラの絵本がしまってあった図書館にも引けをとらないほどの規模だ。
「えーっと、バイキン星の歴史、なんとか……なんとか学。なんて読むのかなぁ」
背表紙を眺めるだけでも楽しい。学校の図書室にはない本ばかりだ。
「うわっ」
床に積まれた本につまづき、メロンパンナは本の山に突っ込む。
「いたた……」
体の上に被さった本をばらまきながら起き上がり、メロンパンナはぷるぷると首を振った。
そして目にとまった、何冊も重なった本の上、滑り落ちそうになっている一冊のノートを手に取る。
表紙はぼろぼろで、捲っていない状態でも中の紙も黄ばんでしまっているのが見える。
本はともかく、ノートは勝手に見ては悪いと思い、メロンパンナはそれを元あった本の山の天辺に置いた。
しかし、表紙同士が上手く引っかからずに滑り落ちてしまった。
ひっついて固まってしまっているページだらけの中、何度も開かれて癖がついたページがばさりと上を向く。
『アンパンマン』
肩をびくつかせてメロンパンナは弾かれたように飛び上がり、入り口まですっ飛び、急いで両手でドアを押した。
しかしドアはピクリともしない。はっとして、浮かせていた体を床に引かれたマットにつける。
それでようやく自動ドアが開き始めるが、メロンパンナは最後まで待たずに、まだ狭い隙間を無理やり通って部屋から転がり出た。
ぞうっとして、寒気を抱えながらメロンパンナは図書室から離れる。
アンパンマン……と彼の名前だけ書かれていたあのページ、ばいきんまんはどんな顔で、どういう経緯で書いたのだろう。
ペンを握る手はどうだったんだろう。生き生きとしていた? それとも震えていた?
あのページの後のページには、何が書かれてあるんだろう。彼を倒す研究か、彼の分析か。
ひょっとしたら何も書かれていないのかもしれない。捨ててしまうつもりだったのかも。
通路を歩いて、最初に見つけた角を曲がると、メロンパンナの小さな鼻を良い匂いがくすぐった。
こっそり覗こうとしたのだが、ドアはメロンパンナを感知してさっさと開いてしまった。
ここのシステムには慣れそうにない。
「もうちょっとでできますよ〜……ホラぁ! メロンパンナちゃんじゃありませんか」
エプロンを身につけてキッチンに立っていたホラーマンが音と気配に振り返り、彼女を見て頭蓋骨を飛び跳ねさせた。
そのままぽんぽんとこちらに跳ねてくるホラーマンの頭を受け止め、メロンパンナはにっこり笑う。
「こんにちはホラーマン。お邪魔してまーす」
「一体どうしてここに?」
「ばいきんまんが連れて来てくれたの」
「そうですか。ホラーマン、お客さんは誰でも大歓迎ですよ。ホラホラ、ホラホラ」
ホラーマンはあっさりとメロンパンナを迎え入れた。
敵も味方も関係のない彼がいるのは、メロンパンナにとって安心できる重要なポイントだった。
ホラーマンがビーフシチューをつくっているのに並び、調味料を渡したりお皿を用意してお手伝いしていると、ドキンちゃんがやってきた。
「プリンつくりに来たわ。固める時間が必要だし」
ホラーマンの隣のメロンパンナをちらっと見てから、ドキンちゃんは冷蔵庫から卵や牛乳、棚からボウルや銀色のカップを取り出す。
材料と調理器具をキッチンテーブルに並べ、彼女は可愛らしいふりふりのエプロンを身につけた。
レシピを片手に、ドキンちゃんはプリンづくりを進めていく。
溶いた卵に牛乳を注ごうとすると、脇から声がかかった。
「あ、ドキンちゃん、牛乳は温めてから混ぜないと」
そう言ったのはシチューで手が塞がっているホラーマンではない。メロンパンナだ。
「あんたつくりかた知ってるの?」
「うん」
「そう。じゃあ教えなさい」
「ふふふ、いいよ」
いつもの態度に、メロンパンナは思わず笑う。
「ドキンちゃん、その牛乳、砂糖入れた?」
「まだ」
瓶から砂糖をさじで掬い、メロンパンナはドキンちゃんの持つカップに入れた。
「はい。これでおっけー」
その後もメロンパンナは、牛乳と卵を容器に注ぐ前に「ざるでこさないとね」と教えたり、ドキンちゃんが参考にしていたレシピに更に細かい手順を書きこんだり、最後まで彼女のプリンづくりを手伝っていた。
ドキンちゃんのプリンよりも先にシチューをつくり終えていたホラーマンは、彼女が自分を頼って来るのを期待していたのだが、しかしそれはそれ。メロンパンナに教えられてプリンが完成に近付くにつれ、笑顔が増えていくドキンちゃんを微笑んで見守っていた。
「さて、じゃあばいきんまんを呼んで来てくれますか?」
冷蔵庫の前に椅子を置いて、うきうきとしているドキンちゃんには頼めないホラーマンは、後片付けをしようとしていたメロンパンナにそうお願いする。
「あ…ごめんね、あたしどこにばいきんまんがいるのかわかんないや」
ばいきんまんと聞いて、先程のノートを思い出し、メロンパンナは咄嗟にそう言った。 本当はばいきんまんが入っていくのを見たから、彼が今籠っているラボの場所は解っている。
「ホラッ、そうでした。じゃあわたしが呼んできます」
ホラーマンのビーフシチューは、バタコさんやジャムおじさんがつくったものとはまた違って美味しかった。
交わされた会話は、しょくぱんまんについて、ドキンちゃんがメロンパンナに熱心に語り、聞きたがり、シチューを口に運ぶ合間合間にメロンパンナがそれに答えるのが主で、そこにたまにホラーマンが口を挟んだりしていた。
食事中、ばいきんまんは一言も喋らず、食べ終わったらすぐにまたラボへと向かった。
冷蔵庫に入れてからそう経っていないプリンは十分に固まっていなくて、結局明日の朝に食べることになった。
かびるんるんややみるんるんも眠りについた真夜中、ドキンちゃんの部屋のソファーで眠っていたメロンパンナは、寝返りを打ったドキンちゃんが壁を蹴った音に目が覚めてしまった。
眠り易い体勢を取り直して、再び寝ようとするけれど、まぶたを閉じても眠気がやってこない。
しばらくもぞもぞとしていたが、背もたれに座らされていたしょくぱんまん人形が顔に降ってきたのを境に諦めた。
ぐっすりと眠っているドキンちゃんを、メロンパンナは起こさないように抜き足差し足で部屋を出る。
ばいきんまんのラボの前を通りかかると、扉のごく狭い隙間から通路へと一筋の光が漏れていた。
近寄り、開いたドアからラボへと一歩踏みいる。
静かに扉が閉まる音がしても、ばいきんまんはこちらを振り向かない。
かちゃかちゃとガラス棒でビーカーの中身をかき混ぜ、試験管を傾けてカラフルな液体を注ぐ。
デスクの上のガラスケースには、バイキン城に来るまでのUFOの操縦席にのっていた薬草がしまわれていた。
一呼吸置いて、メロンパンナはばいきんまんの白衣の背中に問いかける。
「何してるの?」
「アンパンマンを倒――」
「ばいきんまん!」
メロンパンナの声と共に、けたたましい音が響く。
冷たい床を蹴って一息に飛び立ったメロンパンナが回り込み、ばいきんまんの両肩を掴んで押し倒したのだ。
したたかに頭を打ったばいきんまんは、メロンパンナを鋭く睨みつけて怒鳴る。
「何すんだ!!」
「そんなことよりあたしともっと面白い遊びしよう! ね?」
ばいきんまんの腿を挟むように床に膝をつき、メロンパンナは彼の胸に手を置いて、ぐっと体を倒す。
ちょうど新しい薬品を注ごうと手にしていた空の試験管が、ばいきんまんの手を離れ冷たい床を転がっていく。
肘をついて起き上がろうとするばいきんまんは、必然的に彼からもメロンパンナに顔を近づけ、至近距離で吐き捨てた。
「おれさまはアンパンマンを倒すために生まれてきたのだ。そのための発明が一番面白い!
 大体、お前の言う面白いことなんて、どーせつまんないことばっかりに決まってる」
「そんなことないもん。パンづくりとか、クッキー焼いたりとか、お絵かきしたりとか、面白いこといっぱい知ってるわ! つまんなくない!」
負けじと言い返すメロンパンナだったが、ばいきんまんはそれを聞いてますます顔を歪めた。
「げぇ、お菓子作りにお絵かき? おれさま食べるの好きだけど作るの大嫌い!」
大きく口を開いて反論しようとするが、それよりも早くばいきんまんはメロンパンナの額を片手で強く押した。
「いつまで乗っかってるんだ、どけ!!」
よろけて、メロンパンナは床に転がった。
ぺたんと座りこんだメロンパンナが、立ちあがったばいきんまんをきつい目つきで見上げる。
「どれもこれも夜中にすることじゃないのだ。虫歯になっちゃうぞ」
ばいきんが言う台詞ではない。それも正義のヒーローに。
「いい子はとっとと寝るんだな」
向けられた背中はこれでお終いだと語っていた。
でも、メロンパンナは立ち去らない。
もう一度、今度はデスクの上に立って、出来る限り高圧的な態度を作ってばいきんまんを見下ろす。
「ばいきんまんが止めてくれたら寝る」
「やぁーなこった」
「じゃあ寝ない。メロンパンナ、いい子じゃなくていい」
「それはおれさまひとりで十分」
「ほんとはいいとこもあるくせに」
「ふーんだ! お前に何が解る。ロールパンナがパン工場でお前と暮らせない理由、よーく思い出してみろ」
「もちろんおねえちゃんのことはあたし、ばいきんまんを許さない。絶対に絶対に許さない」
沈黙が、広いラボの狭い空間を埋めた。
その沈黙に身を沈めるように、ばいきんまんはしばらくぴくりとも動かないで、メロンパンナを座った目で見て、それからやっと口を開く。
「どけ」
「いや」
「どーけ!」
「いーや!」
「どけどけどけどけどけどけ!」
「いやいやいやいやいやいや!」
「どけって言ってるだろー! いい加減にしないと、きっつーいばいきんキックをお見舞い――」
「メロンパンナの! メロメロパーンチ!」
きゅんわん!
ぴょろろろろろろ〜ん
聞きなれたあの効果音と、弾けたハートがそこらじゅうを飛び交ってラボをいっぱいにする。
「はぁあん オレサマなんだか……メ・ロ・メ・ロ〜ン」
目をハートにして、くなくなと体を左右にくねらせるばいきんまんに、メロンパンナはデスクで仁王立ちをしたまま、今度は腰にメロメロパンチを放った後の拳を当ててポーズをとった。
「ばいきんまん」
「はぁ〜い……」
「ベッドに行きなさい」
「はあぁ〜いん……」
ふらふらとおぼつかない足取りで、ばいきんまんはラボを出ていく。メロンパンナもそれに続く。
彼の部屋のベッドにばいきんまんが入るのを見て、
「うんっ、よろしい!」
とメロンパンナは機嫌良く頷く。
ばいきんまんが完全に眠ってしまうまで見張ろうと、メロンパンナは何歩か離れたところに陣取る。のだが。
ごろん。ふにゃふにゃになっているから体が落ち着かないのか、ばいきんまんがベッドから転がり落ちた。
「あっ、もう」
メロメロ〜……と言い続けるばいきんまんを、メロンパンナはうんうん唸ってもう一度ベッドの上に押し上げる。
しかし、せっかく戻してあげたというのに、一分も経たない内にばいきんまんはまたベッドから滑り落ちてしまった。
「しょうがないなぁ、ばいきんまんは」
やれやれと首を振り、またばいきんまんをベッドで寝かせて、メロンパンナはすかさず自分自身を押し込むように布団の中に潜りこんだ。
ばいきんまんに体を押しつけるようにして並ぶ。これでそう簡単には落ちないだろう。
「変な顔〜……」
つやつやしたハート型の目と、とろけきった顔を改めて間近で見て、メロンパンナは他人事のように呟いた。
「どぅはっ!?」
目覚めた瞬間、ばいきんまんはメロメロパンチを食らう直前までの記憶を吹き出すように思い出して、それで嫌な汗をかき、更に傍らにいるものに対しておかしな声を上げた。
「あ、効き目切れた」
ばいきんまんの隣にちょこんと、しかししっかりと自分のスペースをとって横たわって見張っていたメロンパンナが、抜けた声を出す。
ばいきんまんはベッドから飛び上がり、すぐ後ろの壁に背中を激突させる。
「ぎゃああっ! メロンパンナ!! どうしてここに!」
「だってばいきんまん、ふにゃふにゃ寝返り打って何回もベッドから落ちるんだもん。大変だったんだから」
「お前のせいだろ!」
けろりとしているメロンパンナを押し退け、ばいきんまんはベッドから抜け出す。
ご丁寧に壁にかけられた白衣をハンガーからむしり、羽織りながら扉へと向かう。
「どこいくの?」
「研究の続き」
「だめって言ってるでしょ!」
空を切り、メロンパンナはばいきんまんとの前に立った。両手をいっぱい広げてとうせんぼうする。
その脇をすり抜けようとするばいきんまんを通さないように、彼の動きに合わせてちょこまかと動いていたメロンパンナだったが、埒が明かないと両手を振り上げた。
「そんなことより、メロンパンナと遊ぶ方がぜーったいに楽しいんだから!
 えーい!」
上げた手を振り下ろし、ばいきんまんの肩を掴んで勢いづけて押し倒す。
「……なんだぁ?」
研究を止めるために切羽詰まっていた先程の彼女ならいざ知らず、確かにさっき「遊ぶ」と言ったメロンパンナが今取ったこの行動はずれている。
遊ぶって、まさかパンチ合戦のことじゃないだろうな。
再び痛めた背中に顔を顰めていると、腹に乗り上がってきたメロンパンナは、決心した表情でばいきんまんを見下ろし、宣言した。
「メロメロパンチなしでばいきんまんをメロメロにしてあげる!」
パジャマのボタンを外し、脱いでしまって脇に放る。しかし中はいつもの、代わり映えのしないヒーロースーツだ。
「アンパンマンのことなんてちっとも考えられないようにしちゃうんだからね」
羽織っていただけで前をとめていなかった白衣を、メロンパンナは更にかき分け、足にかかっていたばいきんまんの白衣を足で撫でて床に落とす。
「えーっと」
しかし、そこからのメロンパンナは、ばいきんまんの胸やら腹やら、時には顔面やらをぺたぺたと両手で触れるだけだ。
正直、ヒーローに好き勝手にされるのはめちゃくちゃ気分が悪かったが、こんなに短時間で二回もメロメロパンチを貰いたくないので、ばいきんまんは抵抗らしい抵抗をせずにいた。
体はぴくりとも動かさないが、ばいきんまんは代わりに口を動かす。
「何がしたいんだ」
「学校の本で読んだの。『こうして裸で抱き合うと気持ち良くなって、大人はとても安心するのです』って」
「おれさまもともと裸なのだ」
「それにね、大人が裸で抱き合うと、弟や妹ができて、あたし達にプレゼントしてくれるんだって」
「お前達はそうやって生まれたんじゃないだろ」
「うん、ジャムおじさんが作ってくれたの」
ぽんぽんと答えを返しながら、メロンパンナはばいきんまんの脇腹に手を這わせる。
「確か服を脱がせて、こうやって…」
「だから一体どうしたいん………!?」
「こちょこちょこちょこちょ」
「どわっ、おいメロン…」
「こしょこしょこしょこしょ」
「ぶっ、ふふ……!」
「このこのこのこの」
「ぐふふ」
「うりゃうりゃうりゃうりゃ」
「だはははは! あはははははははは!
 って、そうじゃないっ!」
一頻り大笑いして、そのせいで涙ぐみながら、ばいきんまんはメロンパンナの肩を、その上にかかったマントと一緒に掴んで止めさせる。
「え、くすぐるんでしょ?」
「ぜんぜんちがーう! ちょっとおれさまに貸してみろ」
「はい」
「枕をじゃない!」
ぼすっ。メロンパンナが寄こしてきた枕を、彼女の顔を目がけて投げる。
それを避けられず、顔面でそれを受け止めてしまったメロンパンナはそのまま後ろにぱったりと倒れた。
「うう、ばいきんまんひどい、いじわる」
「そんなに褒められたらぼくちゃん照れちゃうな」
「褒めてないってば」
マントをばさりと払いのけ、ばいきんまんはメロンパンナの胸のmの上に手を置く。
「なんかこんな感じだった気がするのだ。良くわかんないけど」
ドキンちゃんがばいきんせんにんの魔法の筆を借りたいと言い出し、その自宅を訪ねた際に、彼の部屋に置いてあった巻物。
アンパンマンを倒せるような強力な術を盗んでやろうとしていたばいきんまんは、ドキンちゃんとせんにんが早速外で筆を試している間に、こっそりとそれを盗み見た。
長い長いその巻物に描かれていたのは、強くなる術ではなく、メロンパンナが学校の図書室で読んだという、その内容をもう少し、ばいきんせんにん好みにしたものだったのだ。
それを思い出し、それに倣ってメロンパンナの体を撫でてやるのだが、ばいきんまんの手つきは幼すぎるし、それよりも幼い彼女はそこから「いいもの」を拾えるわけがない。
体を撫でられるにつれ、メロンパンナは顔を徐々に赤らめていって、声が漏れそうになるのを懸命に堪えるのだが、
「やっ」
がくんと、ばいきんまんが跨って押さえている足が跳ねる。
慌ててメロンパンナはぱちんと口を両手で覆った。
「ばいきんまん、ひゃめて」
「やーだよ」
一時的に片手を離し、人差し指で目尻を下げてあっかんべーをする。
それにメロンパンナはむっとした表情をつくり、何か言おうとするが、言葉が発せられる前にばいきんまんの手が胸元を滑り、ぐうっと唇を噛みしめた。
けれど、メロンパンナの甘い声はどんどん声が溢れるように発せられ、ついには、
「あっ…ひ」
と短く漏らした。
それを聞いて、ばいきんまんがより素早く手を動かすと、くにゃくにゃと体を床に擦りつけるようにくねらせ、じたばたと足をばたつかせる。
そしてとうとう我慢しきれずに、
「あはははは! やだくすぐったい!」
両手を離してめいっぱい笑い始めた。体を反り返し、ずうっと我慢していた分をいっぺんに吐き出すように笑い声を弾ませる。
けらけらと笑い続けるメロンパンナに「ざまみろ」な気分で、つまりはにっくきヒーローに気持ち良く勝って清々しくしているばいきんまんは、せんにんの巻物の内容になんてもうとっくにこだわっていなかった。
「へへーん、どうだ! 今回ばかりはおれさまのだーいしょうり!」
「うあん、負けちゃったよう」
えへんと胸を張るばいきんまんの足元に、メロンパンナが崩れる。
そのしおらしいまま、すごすごと部屋に戻っていくのかと思っていたら、
「お返し!」
いきなり跳ね起き、メロンパンナはばいきんまんを突き飛ばした。
「いっ!」
叩きつけられるように強く尻もちをつき、走る痛みにばいきんまんはメロンパンナを怒鳴ろうとする。
しかしそれよりも、勢いづいたメロンパンナがばいきんまんのしっぽを握るのが先だった。
「おわ」
間抜けな声が漏れる。いきなりのことに足が跳ねあがり、慌てて逃げようとするが、強く握られていてそれも叶わない。
「ずうっとさわってみたかったの、これ」
まるで楽しいおもちゃを貰った子どものように、メロンパンナはばいきんまんのしっぽを引っ張る。
「ドキンちゃんに触らせてもらえ」
「怒られそうなんだもん」
「おれさまだって怒るぞ!」
握った拳を肩まで上げて脅かすが、メロンパンナは聞いちゃいない。
「いいなあ、あたしもしっぽ欲しい」
「ぐう……、やめろ、メロンパンナ」
ぎゅっと強く握られたり、かと思えば優しくなでられたりと、小さな手の中で遊ばれる内に、ばいきんまんのしっぽはぴくぴくと震えていった。
くすぐられていた時に感じた、単純なくすぐったさとはまた違ったものがしっぽのさきから付け根を通り、背中を走ってつのへと抜けていく。
「わあ。見てばいきんまん、しっぽぷるぷるしてる。どうして?」
「知るもんか」
「自分のなのにー?」
良く見ようと、メロンパンナはばいきんまんのしっぽを握ったまま、それに顔を近づけるために屈みこむ。
その弾みでメロンパンナはそれをより一層強く握ってしまい、一段と大きくしっぽと体が揺れた。
ずたたたんっ
「ふわあぁぁ………顔が濡れて力が出ない」
あのSEと共に、メロンパンナの目がばってんになる。
メロンパンナの顔を駄目にしたのは、いつもの泥でもなければ水でも、かびるんるんでもなかった。
生卵の白身をもっと粘っこく、もっと白くしたようなどろどろだ。
薄いクリーム色の顔、オレンジ色のほっぺ、目元に入ったチェックの柄にまだらにかかってしまっている。
「やったやったー! ついにメロンパンナを倒したぞー!」
それがどこから出てきたのか、そもそもなにが起きたのか良く解らない。ただしっぽが変にすうすうとしていて、しかし何故だか熱を持っているのが解るだけ。
が、それでも反射のようにばいきんまんはお馴染みの台詞を改変して口走る。
「うう……。ばいきんまん、ジャムおじさんに知らせて…」
「任せろ! ジャムおじさ〜ん!」
震える声で助けを求めるメロンパンナ。それに答えてどんと胸を叩き、ばいきんまんはパン職人の名を呼びながら、部屋の片隅にごちゃごちゃと転がるがらくたの小山に手を突っ込む。
「メロンパンナちゃん、新しい顔よ! そーれ!」 床に倒れているメロンパンナの顔の前まで滑り、探し出したドライヤーのスイッチをオンにする。
熱い風が吹き出され、火傷をしない距離ぎりぎりまで、それをメロンパンナの汚れた顔に持っていく。熱風が良く当たる、鼻の周りからどんどんとどろどろが乾いていき、乾いた面積が広くなるにつれ、メロンパンナの目はばってんからまんまるに、いつもの緑色を取り戻していった。
あらかた乾いたのでスイッチを切り、ぱりぱりになってしまった白いものを、ばいきんまんは手でこすってやる。
ぽろぽろと剥がれて落ちるそれに、研究価値はあるのか首を傾げて考えていると、完全にぱっちりした目に戻ったメロンパンナが立ち上がった。
「可愛さ100倍、メロンパンナ!」
「げえぇっ!」
「もう許さないわよ、ばいきんまん!」
「何をぉ〜、生意気な! 食らえぇ、ばいきんパーン」
「メローンパーンチ!」
「ばいばいき〜ん!」
メロメロパンチではないパンチを食らって、ばいきんまんは大袈裟に吹っ飛び、がらくたの山に頭から突っ込む。
「ごめんばいきんまん。やりすぎちゃった」
がらくたから飛び出す2本の足がひくひくしているのを見て、メロンパンナはそこに駆け寄り、足を引っ張った。
がらくたをまぜっ返しながら救助されたばいきんまんは、メロンパンナに引っくり返されて床に足をつけた途端、彼女の手を振りほどく。
くしゃくしゃになってしまった白衣を脱ぎ、放り投げる。一つ、大きなあくびが口をついて出てきた。
なんだか体がだるい。打倒アンパンマンのトレーニングをした後よりも、アンパンマンにバイキン城まで吹っ飛ばされた後よりもだ。
「くだらない、付き合ってられるか。おれさまもう寝る」
「研究は?」
「中止だ中止」
伸びをしながらベッドに向かって歩いていたばいきんまんはそう言ってから、ぎくりと歩みを止めたがもう遅い。
そろー…と振り返ると、予想通り、目をきらきらさせたメロンパンナが自分を見つめていた。
「今日だけ、今日だけだからな!」
真っ直ぐな視線にやられて慌てて両手を振り上げ、じだんだを踏んで強調するばいきんまんだったが、
「ありがとう、ばいきんまん」
とメロンパンナに微笑まれ、手を下ろしてしまった。
何故礼を言うのか。ばいきんまんにはそれがさっぱり解らないし、ちっとも解りたいと思わない。
「お前も早く寝るのだ」
ベッドに飛び乗り、ばいきんまんは通路へと出る扉を指差す。
「うん。でも、ソファーって寝にくくって。しょくぱんまんの人形に押しつぶされちゃいそう」
「………」
言っていることとは裏腹に、メロンパンナはにこにこと笑っている。
布団に潜りながらもばいきんまんは目線をメロンパンナから外さず、メロンパンナはメロンパンナでじと目で見てくるばいきんまんの視線を真正面から受け止めた。
ばいきんまんが折れるのは早かった。一分も持たずに、ばいきんまんは布団の端っこをぺらりとめくった。
「おら、寒いから早くしろ!」
「えへ、お邪魔しまーす!」
ぴょんと爪先で跳ねて、メロンパンナはそのままベッドへと飛んでいく。
頭がすっぽり隠れるまで潜って、メロンパンナは顔を外に出す。
「あったかーい。ふふ、お休みばいきんまん」
「ふん」
挨拶は返さない。それだけでなく、ばいきんまんはメロンパンナの方ではない、壁に向かい合ってまぶたを下ろした。
眼球が休まる心地よい感覚に比べて、すぐ隣から伝わる微弱な熱と気配はとんでもなく居心地が悪かった。


疲れていたのにろくに眠れなかったばいきんまんは、甘ったるい香りで目覚め、微かに痛む頭を押さえながら朝食の席に向かった。
オーブンの前に立ち、鼻歌を歌っていたメロンパンナはばいきんまんの足音を敏感に聞きつけ、彼がキッチンの自動ドアを開けちょうどその時に振り返った。
「おそよう。ねぼすけさん」
それには返さず、ばいきんまんは寝不足でつのとしっぽをだらりとさせながら、匂いの元に近寄る。
彼の歩みに合わせたように、ちんと可愛らしいベルが鳴り、メロンパンナはオーブンの蓋を開ける。
鉄板には、いびつな形のパンがいくつも並べられていた。
「なんだこれ」
「メロンパンよ」
「へったくそ」
いつもの意地悪ではない、いいや、寝不足の原因であった彼女に対する意地悪な部分もそりゃああったけれど、それを差し引いても美味しそうな出来栄えではなかった。
しかし、
「ふわぁあ……んー、いい匂い。なに?」
起きぬけのドキンちゃんを引き寄せたくらい、匂いはとても優しく、魅力的なものだった。
「おはようドキンちゃん。メロンパンナ特性メロンパンだよ」
ところどころ焦げてしまっているが、それも真っ黒ではなく微かに色づいているという程度で、却ってそれが香ばしい匂いを放っている。
くんくんと鼻を近づけて香りを楽しんでから、ドキンちゃんはメロンパンナを見上げる。
「見た目は可愛くないけど、おいしそうな匂いね。
 あら、メロンパンナ、なんか顔が汚れてるわよ?」
ところどころ、白くて細かい、ぱりぱりしたものが顔に貼りついているのを見つけ、ドキンちゃんは目を丸くした。
「ちょっとパン生地作る時に顔に跳ねちゃって。帰ったらジャムおじさんに新しいのを焼いてもらおうっと」
おでこをこつんと叩いて、メロンパンナはちょこっと舌を見せる。
その会話を背後に置き去りにして、ばいきんまんは足早に洗面所へと駆けていった。
結局、朝食の席にばいきんまんは来なかった。
「どうせ部屋で二度寝しちゃってるのよ」
ドキンちゃんはそう言って、食後のレモンティーに口をつける。
「ばいきんまんらしいですねぇ」
ホラーマンにメロンパンを褒めてもらってご機嫌だったメロンパンナは、ふたりの会話に一瞬だけ顔を曇らせた。
情けない表情が濃い飴色をしたレモンティーの水面に映る。それを飲み込むようにメロンパンナはカップを傾けた。
そんなメロンパンナの落ち込んだ気分を上向きにし、彼女を喜ばせたのは、デザートのプリン…もとい、ドキンちゃんちゃんだった。
プリンは四つ。ばいきんまん曰く、つくり過ぎて余らせる天才だそうだが、今回はその才能は発揮されなかったようだ。
先日、プリン用のカップの数を数えた時点で、ドキンちゃんとばいきんまんとホラーマンと、最後の一つは言わずもがな……と予想をつけていたメロンパンナは、差し出されたプリンにひゅっと目を見開いた。
「しょくぱんまんにじゃないの?」
「そのつもりだったけど、いいわよ、あんた食べなさい」
ぶっきらぼうに言い放ち、ドキンちゃんはスプーンで大きくプリンを掬う。
そんな彼女をまじまじと見つめて、焼きたての時のようにほかほかするほっぺたを押さえ、メロンパンナはスプーンを手に取った。
「ありがとう、ドキンちゃん」
「ふん。ホラーマンの分を無しにするから平気よ」
「そんなぁ!」
シンプルで、でもちゃんと甘くて、舌触りのいいプリンだった。
デザートも食べ終わり、朝の時間も過ぎたので、メロンパンナはリュックを背負って出口の手前に立つ。
バイキン城の開かれた口から見上げる空は、黒くて分厚い雲がいくつにも重なっていて、なかなか太陽の光が差し込まない。
いつでも日光に恵まれているところに住んでいるメロンパンナは、ばいきんまんたちのこの空が自分たちの空と同じだとは知っていても、ぴんとはこなかった。
「また来なさいね」
「いつでもお待ちしてるんですねぇ」
「ありがと。とっても楽しかったわ」
「ホラ、ばいきんまんは何をしてるんでしょ。ちょっと呼んで…」
「ううん、いいの」
ホラーマンの言葉を遮り、メロンパンナは宙に浮かびあがる。
「じゃあまたね、さよならぁ」
ドキンちゃんとホラーマンに見送られ、手を振ってメロンパンナはバイキン城の舌から外へと飛び立っていった。
「もう、ばいきんまん、見送りくらいしなさいよね」
メロンパンナが見えなくなるまで手を振っていたドキンちゃんが、ホラーマンと共にキッチンに戻って、そこにどっかりと座っているばいきんまんに向かって唇を尖らせた。メロンパンナたちと入れ替わりでやってきたらしい。
「別にいいの。どうせ今度会ったら敵なんだし」
つまらない小石を蹴るようにそう言って、ばいきんまんはいびつな形のメロンパンを口に放り込む。
表面のビスケット皮がぱりぱりと小気味良い音を立て、微かに焦げた苦味を口内に残しながら飲み込まれていった。