まいんは自室の扉を閉めて、ベッドに行かずにそれにもたれかかった。
パパとママはへんてこなキスをした後、というかキスしながら服を脱いでいって、そしてまいんが昨夜見た通りの喧嘩を始めた。
いいや、
「喧嘩じゃなかったんだ…」
結局ふたりは何をしていたのか、ついぞ解らなかったが、とりあえずそれだけははっきりとした。
親愛の証としてキスをすることぐらい、誰に習ったわけでもないがまいんだって知っている。
そのキスから始まる何事かが、喧嘩であるはずがない。それだけ解れば十分だ。
胸に手を当てて安堵の息をつくと、今度はじわじわと込み上がってくる喜びに、両手をぎゅうと握った。
体内からすっかり逃げていた熱が戻って来たみたいで、それは両親のキスを覗いた頃からだったのだが、 ここに来て一気に噴き出すように全身が熱くなった。
この歓喜を表現するには、どんな台詞や演技がぴったりなんだろう、困ったなあ、思いつかないや…
「まい…」
「ミサンガー!」
目をきらっきらさせて握った手を上下に振るまいんの前に降りてきたミサンガに、まいんは飛びついた。
潰れた声が腕の中から上がるけど、まいんは力を緩めない。
毎日夢見て、その夢に近づいていっているまいんでも、いつもとは違う、めったなことでは訪れないほどに弾む心を表すのに、これが一番相応しく、且つますます喜びが広がっていく方法だった。
一息にまいんはベッドまで駆けて、シーツの海にうつ伏せに飛び込む。 ますます酷くなるミサンガの声に慌てたのではなく、 まいん自身がそうしたかったのですぐに体を反転させて、ミサンガの脇に手を差し入れて高い高いをした。
目を白黒させていたミサンガは一度ぎゅうと目を固くつぶり、頭を左右に振って、
「殺す気か!?」
高く持ち上げられたまま、まいんに向かって叫んだ。
そんな叫びなんてどこ吹く風、酷いようだがそれほど浮かれているまいんは、一瞬で花が咲いたように笑った。
「良かった、喧嘩じゃなかった」
そう呟くと、逃げようとじたばたしていたミサンガも手足を止めた。
「うん、良かった」
こくりと頷く。と、今度は、にへらと実に幸せそうに顔をほころばせて、まいんはもう一度ミサンガを胸元に引き寄せた。
「だーかーらぁ…」
うんざり気味にミサンガが苦しいと伝えようとする。しかしそのままぱったりとまいんは横に倒れた。
まいんの手が緩められ、抱きしめられていたミサンガはころりと転がされる。ようやく解放されて、ミサンガはほっと一息ついた。
やれやれやっと落ち着いたか。
まいんを下から覗く。
「……ママたち、楽しそうだったね」
ぽつりと言ったまいんの目はとろりとしていて、けれどそれは眠気からではなかった。
パパとママがお互いを大好きで大好きで仕方がないのは、ふたりを見ていていれば良く解る。
先程のやりとりは、ただでさえ甘ったるい普段のそれと明らかに違っていて、もう胸焼けをしてしまいそうなほど濃厚だった。
ショートケーキを食べた後にマロンクリームを舐めて、ミックスジュースを飲みほしたらあんな感じになると思う。口の中が。
パパもママもちょっと変わってるから、なんて自分のことは棚に上げて、まいんは考える。大好きをよりたくさん伝える、パパとママの秘密の手段がさっきのあれなら、ふたりの娘であるまいんだって変わりものなんだから、それを楽しそうだと思うのもごく普通の感情。
そう締めくくって、まいんは期待いっぱいにミサンガを見た。
「たの…。うーん……うん、ちょっとだけ」
ミサンガは一瞬絶句したが、ひょいと視線を空にやって考え、間を置いて頷いた。
まいんがどんなに輝かせた瞳でうっとりと言の葉を連ねても、それがとんちんかんなことなら、まいんの押しに流されずに突っ込むミサンガだから、促されて肯定したのではないはずだ。
ようし。
まいんの手がシーツの上を滑って、ミサンガにかかる。
ふたりは今掛け布団の上に寝転がっているのだから、布団をミサンガにもかけてあげて眠りにつこうというわけではない。
先程までそれなりに離れていたまいんが、シーツにしわを作りながらミサンガににじり寄る。
さっきのとろりとした目は打って変わってぱっちりと開かれ、唇はきゅっと閉じられていて、その表情は本番前に見せる緊張した面持ちに良く似ていた。
好奇心旺盛、なんでもやりたがりのまいんのすることだ、大体の見当はついたらしいミサンガは飛んで逃げようとするが、しっかりと捕まえられているのでそれも叶わない。
寝転んでいた体を起こし、まいんは布団の上に座った。
もろにうろたえて、ミサンガは言い聞かせるように喋る。
「落ち着けまいん」
「落ち着いてるよ」
「うそだ」
「うん。心臓ばくばくしてる」
「うそついたら舌抜かれるん……」
ぺろり。 舐めた。文字通り。
まいんの小さな赤い舌が、ミサンガのつるりとした、起伏の少ない顎から鼻にかけてを舐め上げた。
深い愛情のキスというよりも、まいんとしては親愛を込めたじゃれあい、ミルクを舐める子猫のようなつもりである。
猫と言えば、まいんは瞳を隠していたまぶたをそうっと開く。
もし猫だったら、ミサンガはびりりと全身の毛とひげを逆立てているところかもしれない。
しかし、まいんの予想は外れて、ミサンガは何が起きたのか、当然解らないのではないのだが、それでも驚いてぽっかりと口を開けた。
そこから声が転がり落ちる。
「ま…」
声というよりも音だった。 かちこちに固まってしまっているミサンガは、まいんの同情を誘った。
それでも、かわいそう、とまいんは頭の隅っこで思うだけ。止められない。
「ちょっと、まいん落ち着いて」
「だいじょうぶ。落ち着いてるよ」
「落ち着いてそれってやばいって。だからやめ……ま・い・ん! やーめーて!」
今度はほっぺたを舐める。まいんの方は今より幼い頃に憧れた、ぺろぺろキャンディを舐めているような 感覚なのだが、ミサンガはそうやすやすと受け入れられなかったようで、それも当たり前と言えば当たり前なのだが、何をしても許してくれると 甘えていたのも正直あった。
だから、
「やめてって言ってるだろ! まいんなんて大嫌いだ!」
と言われてしまえば、がむしゃらにじたばたした拍子にまいんの手から抜け出したミサンガが、そのまま勢い余ってまいんの鼻にごく弱い力で 手をぶつけてしまわなくても、彼女は手を止めていた。
ぺち、と可愛らしい音がした。
「わ! ごめんまいん、痛かった? 痛かったよな」
慌てて、ミサンガはまいんの鼻を撫でる。
ミサンガを捕まえた形のまま、空に浮かせていたまいんの手がゆっくりと降りる。
まいんのぽかんとした表情は、みるみる内に泣き顔へと変わっていった。 眉は八の字、目はうるうる、唇はくにゃくにゃと曲がっていく。
「わたし、アイドルなのに…」
まいんの呟きにミサンガの手が止まった。
「わたし、女の子なのに……」
しかし、そうは言うが、そもそもまいんは小学生にありがちな怪我に神経質ではない。パパの血を色濃く受け継いで、元気いっぱいに外で遊ぶ子どもであることは ミサンガだって知っている。
自業自得と言われても仕方ないのに、泣いてしまいそうになるだけでなく、的外れなことばかりが口を突いて出てきてしまう。
手をぶつけられたことや、そこが顔だったことよりも、何よりも大嫌いとミサンガに言われたから。
どうしよう、嫌われちゃった…。
ついにまいんの瞳から大粒の涙が転がり落ちる。
それまでおろおろしていたミサンガは、まいんの頬を雫が滑り落ちるのを見ると、きゅっと唇を結んで彼女の名前を呼んだ。
「まいん」
なあに、と声にならない声で問うよりも先に、ミサンガがまいんにすっと寄る。
ぺろ、とミサンガの舌がまいんの頬に垂れる涙を掬った。
「ううぅ、しょっぱい」
舌を出したまま、目をつぶって顔を背けるミサンガ。きょとんとするまいん。
そのままミサンガがそっぽを向くのを映していただけのまいんの瞳は、じきに涙でただ潤んでいたそれを一転させた。まるで星空を映した湖のよう、下向きに弧を描いていた唇もゆうるりと笑みの形をつくる。
「ミサンガ」
その素早い変わりようを横目で盗み見て、ミサンガは内心ほっとしたものの、さっきの己の行動をさっそく後悔し始めた。
もうしばらく放っておいても良かったのかも…それは言い過ぎにしても、ちょっと立ち直りが早すぎやしないか。
まいんはそんなミサンガをむんずと掴む。大きな黒目を独占して、青い妖精が姿を映した。
「わたしのこと嫌い?」
こういう聞き方はずるいよなあ、と声には出さずにぼやきながら、ミサンガは頭を左右に振る。
「…で、まいんはどうしたいの」
「やったぁ。ミサンガ大好き!」
ぴょこんと首を傾け、昼間の太陽の光を浴びてほころぶたんぽぽのようなまいんに、はぁあと大きなため息をついて、ミサンガはまいんの手の中で手足と頭をくたりとさせた。
「えっとね、まいんはパパとママがやってたことがしたいです!」
授業中のように、まいんは元気良く手を上げる。
はあ、と布団に下ろされたミサンガが生返事をすると、まいんは彼の手を掴んでパジャマの裾に持って行き、それを握らせた。
「ええー……」
非難めいた、迷惑そうな声がミサンガから上がる。気にせず、にこにこ笑顔を崩さずにまいんが待っていると、ミサンガはしぶしぶと一番下のボタンに手を掛けた。
ぷちんと一つだけ外して手を止め、下を向いたまま「うー」と唸る。
「ミサンガ?」
まいんが声をかけると、ミサンガは彼女を見上げた。
「まいん、なんか喋ってて」
「? なんで?」
「いーから」
「じゃあねえ……それでは、毎度ばかばかしい小話をひとつ〜」
二つ目のボタンに触れていたミサンガは、ぼす、とずっこけてまいんのお腹に顔を突っ込む。ミサンガの背中に手を置いて、後頭部にはもう片方の手を当て、 まいんは照れたように笑った。
「えへへ…。ここから先は知らないんだけど」
まいんのお腹に手をついて、じと目でミサンガは彼女を見上げる。
「まいーん、もういいんじゃないのか?」
「えー、だめだよ。パパとママだけずるいもん」
「まぜてもらえば?」
「うぅん、それはちょっと」
眉を下げて苦笑いするまいん。もっとも、ミサンガだって本気で言っているのではない。
「あ、寝転がった方がやりやすいかも」
「んー」
ミサンガを抱き上げて、まいんは仰向けに寝転がる。
彼をお腹の上に置いて、まいんは手を下ろした。
さぁどうぞ、と言わんばかりのまいんの態度に、ミサンガはのろのろとボタンに手をかける。
一つ外す度に、まいんのぺたんとした白いお腹が露わになっていく。ボタンを外して、合わせをかき分ける拍子に、ミサンガのひやりとした手が肌を掠めた。
冷たさにまいんがびくりと震える、と、ミサンガは慌てて手を離し、それだけでなく高く上げてばんざいのポーズを取った。
一呼吸分の間を空けて、噴き出したまいんは慌てて曲がる限界まで首を捻り、顔をシーツに押し当てて、引き続き声を押し殺して笑う。
ばんざいで固まったまま彼女の腹に跨っていたミサンガは、むうっと頬を膨らませながらも顔を赤くして手を下ろした。
なかなか止まらないまいんに、ふくれっ面だったミサンガはますます口元を歪めて、
「まーいーんー…」
手をぐーぱーと握ったり開いたりしながら、腹から胸へとお尻をずらして彼女ににじり寄る。
まずい、怒らせた。まいんは咄嗟に口を手で覆い隠すが、ミサンガはやめないで、より一層大きく手を広げて…
「とりゃっ!」
「ひゃうっ!」
胸の下、あばらを包み込むようにぴったりと手をひっつけた。
「み、ミサンガ! つめたい! つめたいよぉ!」
両手を胸の前で握って、くなくな体を揺らすまいんに振り落とされないように しっかり掴まって、ミサンガはほうと溜め息をつく。
「おお、あったかーい」
のんびりした調子のミサンガに、まいんは今度は手の平を天井に向けてばたばたさせる。
が、ミサンガはまいんの体温をじわじわとさらっていくばかりで、ちっとも退きそうにない。
「ひやぁーん! もうやめてよぉ!」
とうとうまいんはミサンガのパジャマの後ろ襟を掴み、仰向けからうつ伏せへと体勢を変えた。 脇に放り出され、同じくうつ伏せに着地したミサンガはそろりと頭を上げる。
「ミーサンガー!」
腰に握った手を当てたまいんが上半身をぐっと倒して、ミサンガに詰め寄る。
シーツを握りしめ、ぎゅうと目をつぶったミサンガに訪れたのは、まいんのでこぴんだった。
「もう」
そんな仕草をされては怒れない。ぱちりと目を開いたミサンガの額を、まいんはもう一度人差し指でつんとつついた。
「ほら、かして」
シーツを握るミサンガの手に手を重ね、きつく結ばれた指をほどいて、まいんは彼女の小さな手でもっと小さな手を包む。冷たい、つるりとした手が子ども特有の高い熱に覆われる。
「どう、ミサンガ。あったかい?」
ナイトキャップに声をかけると、先についたぽんぽんが僅かに揺れた。
しばらく手をこすり合わせて熱を半分こにして、まいんはミサンガの手を離す。外れていたボタンを止め直そうとそこに手をかけると、ミサンガがひょいと帽子ごと頭を傾ける。
「やめるのか?」
その言葉にまいんは一度瞬いて、シーツに手をついて身を乗り出した。
「したい?」
「べっつにー」
すぐさま、ミサンガはぷいっとそっぽを向いた。
唇に人差し指を当てて、まいんはミサンガの横顔をじいっと見る。
ちらりと横目でまいんを窺ったミサンガは、彼女とばっちり目が合った瞬間、慌ててまたよそを向いた。
まいんはしばらくミサンガを眺めて、そしてぷちぷちとパジャマのボタンを全部外し、再びミサンガを抱き上げて寝転がる。
「わわわ」
剥き出しの胸に押し付けるように抱き込んで、まいんは静かにまぶたを閉じた。
「このままミサンガ湯たんぽにして寝ちゃおっかな」
「風邪ひくぞ」
パジャマの前を開けて裸を晒しているし、手ほど冷たくはないがミサンガの体温だって特別高いわけでもない。
「あのねミサンガ、人間って、心臓の音聞くと安心するんだって。知ってた?」
子守歌のような声色に、半目になっていたミサンガは残り半分のまぶたを上げた。
顔の見えないまいんの心臓が隠されている肌の上に手を当て、横を向いて耳を押し付けた。まいんに倣ってミサンガもまぶたを下ろす。
「どくどくいってる」
ほとんど独り言のようにミサンガが呟くと、まいんも囁くように問いかけた。
「安心する?」
「うん」
しばらくそのまま、まいんの心臓の音をじっとして聞いていたミサンガは、やがて手をついて体を起こした。
ひゃっ、とまいんから声が上がる。 やっぱりばんざいして、しかし今回はそこまで高く両手を上げずにミサンガが尋ねる。
「それで、オレは何をしたらいいんだ?」
ぱあっと顔をほころばせて、まいんはシーツに預けたまま、両手を肩辺りまで持ち上げる。
「パパがママにしてたこと!」
「さわったり?」
「うん」
「なめたり?」
「そうそう」
ミサンガはそうっと、まいんの起伏に乏しい胸に手を置く。温
められたばかりのホットミルクのように真っ白な肌に、 添えられたようにささやかな尖りがふたつ並んでいる。
こねる、揉むというよりも、ぺたぺたとスタンプを軽く押すように手を置いたり離したりして、ミサンガはまいんに触れ続ける。そのたびにまいんはぴくぴくと小刻みに体をひくつかせた。
気持ちがいいから…ではなく、くすぐったくって、油断すると噴き出しそうになるから。 自分で触れるのはなんともないのに、どうしてこうどうしようもなく笑いそうになるのだろう。
ミサンガの触れ方は、まいんのパパがママを撫でた手つきとは程遠く、随分と幼かったし、まいんはまいんで、まだまだ幼い女の子の体だから、その触れ合いから快楽なんてものは拾えなかった。
まぶたを固く閉じ、唇を歪め、顔を赤くしてまいんはなんとか堪えるが、時折吐き出される声は解り易いほどに「笑いに」震えていて、ちっとも隠せていない。
ミサンガは溜め息をつきそうになる。
「やっぱやーめた」
「えー! うそ、だめだめ!」
急いで手を伸ばし、まいんはミサンガを捕まえた。飛ぼうとしていた体をぐっと押さえ、お腹に座らせたままにする。
「ね?」
可愛らしく小首を傾げてみせるまいんに、ミサンガは今度こそ小さく息をはく。
手をふとももに添えて、気をつけの姿勢でシーツに沈むまいんは 既に目を閉じていて、恐らくはミサンガの声を聞く耳もぴったりと閉じている。
ミサンガはお皿のミルクを飲もうとする猫のように舌をぺろりと出した。生クリームの上にちょこんと座ったさくらんぼのようなそれに、 そっと舌を当てる……と、
「ひゃ!」
大袈裟に膝を曲げ、肘をついて慌てて跳ね起きた。
「どうした?」
まいんに跳ね飛ばされ、立てられた膝小僧にぶつかって、ふとももをまるで滑り台かのようにするすると辿り、 ミサンガはまいんの足の付け根に尻もちをついた格好で座る。
パジャマがずるりとたわんで、薄い布越しに肌を擦られ、さっきまで散々笑っていたまいんはぴんっと背を反り返した。
「わ、わかんない…」
舐められた瞬間にどきりとして、パジャマの裾がずり上がったのに至ってはむずむずした。くすぐったいにはくすぐったいのだが、先程のものとは質が違うと言うか。さっきのようにお腹の底がぷるぷる震えるようなものではない。体の内側がじわりと熱い。
舐められて僅かに濡れた突起が冷えてまいんは背筋を震わせる。しかし、それとは反対にふとももの付け根は熱を持ち始めていた。
「まいん?」
「ふえっ」
急に黙りこんだまいんの名前を呼んで、ミサンガが彼女の方へ寄ろうとして、まいんの腹の下に手をついた。 またおかしな風にどきりとして、まいんから素っ頓狂な声が発せられる。
「…どうしたの」
きょとんとするミサンガの視線を受けて、まいんはゆるゆるとシーツに倒れていった。
「わかんない…」
目をつむって寝言のようにまいんは呟く。
「けど、続けて」
何がまいんをそこまで惹きつけるのか、全く解らないミサンガは彼女を覗きこむ。
「いいけどさぁ…」
真っ赤な顔を見られたくなくて、まいんはさっと両腕で顔を覆った。むうっとしながらも、ミサンガはまいんの胸のすぐ下に跨る。
慣れない手つきでミサンガがまいんの未熟な体に触れる度、彼女はぴくぴくとまぶたを震わせた。
唇がゆるく開いて、そこからはぁっと熱い息が漏れる。
「あ、パン生地をこねるようにしたらいいかも?」
退屈そうにしていたミサンガは、新しい遊びをひらめいたかのようにそう言った。先程まで撫でていただけだったまいんの胸を、ぐっと押しつぶすように押さえる。
「ひやぁっ!」
まいんの腕が顔から退き、一瞬だけ宙をかく。成長期真っ只中の女の子の胸は少しの刺激にも敏感だ。痛みに、目に涙が浮かんだ。
「みさんがぁ……」
「ご、ごめん」
打って変わって優しい手つきで、ミサンガは桜色に色づいたそこを何度もさする。ぞくぞくしたものがまいんの腰から背骨を通って、鼻にかかるような声になって抜けて行った。
「ん、はぁ…あ」
喉に込み上げて来る熱い吐息に、まいんは唇を小刻みに震わせる。
パパのしていたように…とミサンガが再びその胸を舌でつついた。
ぺろりと金平糖を口に含むように舐める。まいんの足がぴくんと跳ねた。
「……んん」
汗をかくのとはまた違った、爽やかさを引いて湿っぽさを加えたような、じとりと内側から滲んでくるものに、まいんは膝小僧を擦り合わせ、もじもじと体をくねらせた。
「かゆいのか?」
「うん……」
厳密には違うのだが、まいんが控え目に頷くと、ミサンガは今度はそちらに向かう。
パジャマの上から撫でようとしたミサンガを制して、まいんは下着ごとそれを取りはらってしまった。
脱ぐ必要が感じられないミサンガだったが、ぱたりと再びシーツに背中を張り付けたまいんの、柔らかくみずみずしい果実に一本入った割れ目におっかなびっくり指先を置く。
なるべく傷つけないように、慎重にそこを撫でた。
びくり! とまいんの爪先がシーツをかき、ミサンガはばっと手を離した。
「ふぇ、だめ、やめちゃだめ」
甘い蜂蜜のような声に、ミサンガはびくびくしながらもう一度そこを撫でた。
ゆっくりと手の平で軽く押さえたり、指先でくすぐるようにしたり。
ぶるりと首を振り、まいんの口から声が零れる。
「は、はぁあ…!」
緻密に組まれていたパーツが一つ崩され、その中で守られていた熱いものがじゅくりと溶けるようだった。
「な、なんか怖いんだけど」
ふとももをびくと震わせ、背筋を丸めるまいんをミサンガが見上げる。
まいんは薄らとまぶたを開いて、涙に歪む視界にミサンガを映した。姿が滲んで良く見えない。
涙を追い出すようにぎゅうとつぶって、再び開く。ころりと雫が頬を滑った。
「ま…まいんん……」
その目は完全に怯えきっていて、もう手もまいんから離してしまっている。しばらくまいんはぼうっとしていたが、やがてミサンガを抱き上げた。
完全に興味本位、純粋なる好奇心で両親の真似ごとをしたのだったが、予想外のできごとに心臓が酷く煩い。
誰かに聞いてもらえば大人しくなるわけでもないのに、まいんは力をこめてミサンガを抱きしめる。すっかり大人しくなってしまったまいんに、ミサンガも静かに抱きかかえられていた。
しんとした部屋に、その音だけが響くようだった。
やがて、どくどくと喧しかった鼓動も落ち着き、籠っていた熱もすうっと引いて、まいんはミサンガを離す。
次にボタンをとめようとするのだが、手がぶれて上手くいかず、一つとめるだけでもいつもより時間がかかってしまう。
結局それは、まず膝までまくれ上がったままのパジャマを下ろしたミサンガが、それに続いてきちんと一番上のボタンまでとめたことで解決した。
「あ、ありがと…」
「どういたしまして。さ、もう寝よう」
「う、うん」
随分とあっさりとした態度に、まいんは却って不安になる。散々我がままに振りまわし、付き合わせた挙句面倒まで見させてしまった。
はらはらするまいんを、ミサンガは敷布団にお腹をくっつける形で潜って彼女を見上げる。
じっと見つめられ、まいんも慌てて布団に体を滑り込ませた。
「ええと、ごめんなさい」
横向きに寝転がって、まいんはミサンガの横顔に視線を注ぐ。ミサンガもまいんに向き直った。
「いーよ。まいんの気持ち、オレもわかるし。ちょっと怖かったけど……」
気持ちが解ると言うのは、両親のしていることにまいんが興味を持ったことを言っていて、どうやら怒っているのではないらしい。まいんはほっとして、しかし最後の呟きに申し訳なく思った。
「まいんにはちょっと早かったんだよ」
「うん…。 あ、じゃあ、じゃあミサンガ、もうちょっと大きくなったらもっかいしよう」
そう提案すると、ミサンガは頬をぽりぽりとかく。
「どうかなぁ。その頃にはまいんは好きな男の子がいるかも」
「わたし、ミサンガ大好きだよ」
それにはそっぽを向いて、ミサンガはまともに返答しなかった。
「それに、世界中の食卓に光が戻って、お役目ごめんで帰ってるかもしれないし」
「ええぇ! 帰っちゃうの!?」
「そりゃいつかは…」
まいんの声に、やっと彼女の方を向いたミサンガを彼女は抱き寄せた。
そんなことは遠い遠い未来のこと、ミサンガが使命を全うしても、まいんのアイドルとしての夢が叶い、ひとりで完璧に料理ができるようになっても訪れないはずにしていたのに。
ぎゅうぎゅうと腕の中に閉じ込める力が自然と強くなり、ミサンガは
「ぐるじぃ」
と抗議の声を上げた。
しかし、ミサンガの潰れた声を聞いてもまいんは一向に腕を緩めない。
「どこにもいっちゃだめだよ」
「わかったから」
こう返事するまでは力を抜かない気でいるのは良く解った、ミサンガは声を絞り出す。ようやくまいんから解放されて、ミサンガはぐったりと布団に沈んだ。
こんこんと咳き込んで、涙目になりながらミサンガは恐る恐るまいんへと視線をずらす。まいんは至極まじめな顔をしていて、不思議に思ったミサンガが再びまいんに向き直る。
「ミサンガが寝るまで起きてる」
しっかりとした口調で、まいんはそう宣言した。ミサンガは瞬いて、そして唇を尖らせた。
「って言っといて、自分が先に寝ちゃうんじゃないのか?」
「そんなことないもん! 眠ったミサンガにお休みなさいのちゅうするんだもん」
言ってから、あっ! と慌てて口をつぐむまいんに、ミサンガは噴き出した。
「今すれば?」
「いいの?」
てっきり、初めに口元を舐めようとした時のように抵抗されると思っていたまいんは驚いて、布団の上で首を傾げる。確かにミサンガは暴れたが、しかし先程とは状況も、まいんの心も違うのだ。
未知への興味と憧れ本意であんなことをされてはたまらないが、今のまいんはそうじゃない。
ミサンガは「どーぞ」と笑って見せた。
とけるように微笑んで、まいんは軽く目をつぶる。同じように閉じれば、いかにもキスをしますといった風になってしまうので、いいや、それは間違っていないのだが、急に恥ずかしくなったミサンガはまいんが近付くにつれまぶたをおろしそうになっても、変に意固地になってそれを耐えた。
それでも、ちゅっとミサンガのおでこにまいんが口づけた瞬間、あっけなくぎゅうっとつぶってしまったのだが。
すぐにぱっと離れて、まいんはえへへと照れるように笑った。ミサンガも、今回ばかりは照れ隠しに無愛想にするのではなくまいんに笑って見せようとして、失敗した。
けらけら笑うまいんに、顔を真っ赤にしてミサンガは震えていたが、やがてふたりはごそごそと掛け布団を引き上げる。
「おやすみミサンガ」
「おやすみまいん」
楽しい夢が見れますように。


 さて、娘が両親の知らないところでほんの少し成長した夜、そのきっかけを与えた両親は未だ情熱的に愛し合っていた。
「ほうら、さわってごらん。君のここ、ナイアガラの滝みたいにもうこんなに…」
「あ、あ……もう、虹がかかっちゃいそう…!」
「ねえ、見てみえこ」
「ああ、あなたのモアイ、相変わらずアマゾンのジャングルのようだわ…」
「心の準備はいいかい?」
「ええ…。まるでターザンのようなたくましさ。初めて会った頃と変わらない…」
「みえこの世界に、不思議・発見!」
「ああん」
こんな風に。