眩いばかりの照明の下、進み出た澪田唯吹は超高校級と呼ばれた頃とは全く異なった姿をしていた。
丈の短いプリーツスカートではなく膝を隠すシックなドレス、セーラーの半袖に隠れていた二の腕は、今は肩や胸元ごと剥き出しになっている。演奏するには邪魔なほど、過剰なまでに身につけていたアクセサリーも見当たらず、首にオーソドックスな真珠のネックレスをかけているだけ。更には彼女のトレードマーク、好奇心の現れでもあったかのような鋭い"つの"のような髪も今はほどかれていた。
もっと言えば変わったのは彼女の服装や髪型だけではない。彼女の立つ舞台も、取り巻く観客も一変していた。汗を弾かせて踊り、女の子ウケするような歌を歌った時の歓声が響くような雰囲気でもなく、囁くように呪うように歌った呪詛そのもののような己を照らしたカラフルな照明はここにはない。
ぶら下がっているのは煌々としたライトだけ、目の前の客は上層の者たちばかりだった。まるでこの場のためだけにあつらえたような、お人形のような身なりの彼女だった。実際にその通りで、今の彼女にとっては何もかもがつくりもの……


あの波乱だけが支配したプログラムから目覚めた澪田唯吹は、しばらくして、長く魅了されていた己の絶望からも「目が覚めた」。
二本の足で立つべき地面全てが抜け落ち、深く急速に底なし沼に埋まっていくような空虚と焦燥感に押し潰された後、時間をかけてそこから這い出て来たのだ。絶望に打ち勝った(と、彼女を取り巻く誰かはそう言った)のち、希望に生まれ変わった元超高校級ということで彼女にあるところからお声がかかる。
各国の高位高官や要人を交えての定期的な晩餐会…の舞台で行われる余興、プログラムを埋める一人として、だ。
「崩壊した世界の絆を固く結び、一つにするため」という大義名分の元の晩餐会であったが、その世界が置かれている現状を鑑みれば会合はともかく、晩餐会というお気楽な発想がそもそも現実を理解しておらず、危機感もなにもない、未だ貧困に喘ぐ多くの層からすれば浮世離れした滑稽なものであった。機関の上層部においても時間や人員を割いてまで出席する価値は見出していなかったが、手の内にある駒を見せる機会とあらば話は別だ。
余興として白羽の矢が立った唯吹に話を持って行くよう指名されたのが、
「嫌なら出なくていいわ。……というわけにもいかないのよ」
霧切響子だった。機関の簡単なソファセットに軽く腰かけ、ぱりっとしたスーツに身を包んだ彼女は、普段の飄々とした態度そのままに言う。表面にあまり出て来ないので解り辛いが、言葉とは裏腹に、見せものとして自分を差し出すのを躊躇してくれている……と唯吹は察した。響子の、僅かに下げられた眉だけがそれを語ってくれたのだ。
「あのアクシデントは世間には伏せているから、機関としては更生プログラムの有用性と結果を目に見える形で現したいのよ。我々の判断は正しかった、ってね」
承諾を渋ることはなかった。
拾ってくれた恩義は日頃から感じているし、あの更生プログラムの悪夢のようなアクシデントは唯吹にとって劇薬だった。もしかしたら、正規の、至極平和な南国モードよりも有用だったかもしれない。絶望に貶められることで、自分たちの過去の行いを身をもってして思い知ることができたのだ。乗り越えるのには時間がかかったけれど……。
唯吹が不敵に頷き、ピースサインを目の前に持っていって了承の合図をすると、響子はようやく固い表情をやめてくすりと笑った。 


真っ白な扉が控え目にノックされる。鏡台の前の椅子に座ったまま、唯吹は扉の向こうの人物に声をかけた。
「開いてるっすよー!」
「……失礼します」
入ってきたのは十神白夜だった。
宛がわれた唯吹の控室の扉をまずは細く開け、華奢なつくりのドレスやネックレス、ストッキング等々が床に散らばっているのを見つけ、慌てた様子で扉を閉めかける。
が、思い直して大きく開き、死角に座る唯吹の素っ頓狂な姿を見て、困ったような安心したような表情をして、そうしてやっと部屋に入ってきた。
「澪田」
「はあい」
言われることは解っていた。それでも猫のようなご機嫌な声で返事をしてしまうのは、ひとえにこのタイミングでこの友人に会えて安堵したからだ。これから立たされる舞台に、彼女はらしくもなく緊張していた。
「悪いんだけど、今日は君の趣味の音楽をそのままやれるような、そういう場じゃないんだよ」
わざとぼさぼさにセットした髪と、雑誌から抜け出たようなパンクロックな服装の唯吹に十神は苦言する。唯吹がわざとむすっとしてみせると、彼は軽く首を振って手にしていたプレートをサイドテーブルに置き、足元の服を拾い始めた。
彼もまた長い眠りから目覚めた一人だった。絶望と向き合い、飲み込まれかけそうになりながら、しかし最後には数少ない仲間たちと共に克服した。オリジナルの十神白夜との遭逢(というのもおかしな話だ)を経て、今は彼も未来機関の一員だ。どうやら本番を控えた唯吹の様子を見に来てくれたらしい。
ネックレスを拾いざま、十神は持ってきたプレートを指差した。そこにはカフェオレと皿に盛られたプチケーキが乗っている。
「お腹空いてる? 食べていいよ」
「およっ、差し入れ? 白夜ちゃんが? 唯吹に? 食べ物の? めっずらしー! 明日ブタミでも降ってくるんじゃないっすか!?」
「いらないなら俺が食べるぞ」
「うそうそ! いっただっきまーす!」
ど・れ・に・し・よ・う・か・な! じゃあこれー! と、賑やかに、まずはマロンクリームの乗った一口ケーキを放りこむ。ついでに隣のチョコケーキも。
「十神白夜の名を借りている以上、このような場で対人そっちのけでパーティ料理だけを貪ることは許されない。しかし有力な人物はこんな晩餐会には出席しない。やることが他にたくさんあるからな」
言いながら衣服を拾い集め、十神は唯吹の前に立った。唯吹は両手の塞がった十神の代わりに、彼が好きそうなケーキ…は全てがそうなので、特においしそうなケーキを選んで差し出す。
するとぱっくりと大きな口が開いたので、そのまま手ずから食べさせた。
「その微々たる中からも必要な情報はもう仕入れた。あとは報告するだけだ」
「だからわざわざ唯吹に差し入れしてくれたの?」
「うん。もうやることもないし。おいしそうな食べ物が山盛り目の前にあるのにがっつけないなんて耐えられない」
十神白夜らしい振る舞いと、本来の姿をとっかえひっかえする詐欺師の彼は、面白いもの好きの唯吹から見てとても楽しいものだった。正体がばれても尚、頑なに仮面を被り続けていた時期を知っているから、今のある種ふっきれた彼は非常に好ましくもある。三つほどケーキを食べた十神は、手にしたものを唯吹に押し付けた。手を体の側面に貼りつけたままでいるわけにもいかず、唯吹は両手で受け取る。
偉い人のお仕着せのお上品なドレスなんて、と思わないでもなかったが、本来の唯吹のスタイルが許されるとももちろん思っていなかった。では何故わざわざ自作の衣装まで持ち込んで着替えていたかというと、緊張した精神を緩和させる(どうすればリラックスするのか彼女は自分のことを良くわかっている。とにかくふざけるのだ)のと、控え室に入ってきた誰かをびっくりさせたかったからである。
誰か親しい友人に手を焼いて欲しかったとも言えよう。
「これひとりじゃ着れないんっすよ。背中にファスナーあるんだもん」
「霧切さん呼んでくるよ」
「や、響子ちゃんが着せてくれたんすけど、出て行った瞬間にむりやり脱いじゃったから、また呼ばれると唯吹ひじょーに困るぅ〜……」
この時ふたりの頭に浮かんだのは全く同じで、派手に怒られはしないがなんだか冷たい視線を響子からもらう唯吹のイメージだった。
唯吹が指先をつんつんして十神から目を逸らすと、追うように彼の溜め息が聞こえた。
「時間もないし、白夜ちゃん手伝って」
置時計を見やり、そうっと上目づかいに視線をやると、予想していたのか特に狼狽することもなく、十神は音を立てて扉の鍵をかけた。

演奏を終えた唯吹は、一身に浴びせられる拍手に目を煌めかせた。
女の子たちの黄色い声でも、男たちの野太い声でも、アンコールでも、ましてや呪詛や崇める言葉でもなく、熱心に厳かに注がれる拍手。これまでとはまた違った新境地のようだ。これはこれで気持ちいいかもしれない。
唯吹は根っからの新しいもの好きで、特に初めての体験というやつはどうしようもなく大好きなのだった。
「嘘をつくんじゃない、ここにいる人達を感心させてやるんだ」
「付け入る隙をつくるために?」
「解ってきたじゃないか」
と、ライトの下に送り出す舞台袖で十神は挑戦的に笑ってそう言った。確かに彼女の演奏は、彼女の魂があるところとはかけ離れた嘘っぱちのものだった。彼のその言葉で半ば意識的に自分を納得させたが、演奏の最中やそれを終えた今では、大勢の気持ちいい視線を受け止めたこともあって、すんなり感じ入ることができた。ピアノの余興はもう飽き飽きしているであろう人々に、唯吹のギターは刺激的だったのだ。場をわきまえて随分と大人しい曲調であったが、お望みとあらばもっともっと刺激的にできた。
ギターをケース(これもまた特に目立たない位置に小さなステッカーを一枚貼っただけの大人しい仕様にしてある)に仕舞い、運転手に預ける。相棒を避難させた唯吹は、改めてパーティー会場へと躍り出た。十神の持って来たプチケーキをいくつか食べたけれど、演奏で体力を消耗した上に緊張からも解き放たれたのでお腹が空いていたのだ。パーティーそのものも、まだまだ楽しみ足りない。
「びゃくや……十神くん」
しおらしくドリンクを飲んでいた十神に、同じくしおらしげな態度を心掛けて声をかける。その足取りはスキップ気味だが、「白夜ちゃーん!」と叫んで飛びつかなかっただけ大進歩だ。
「わたしの演奏どうだった?」
慣れない一人称だが、それでも声はうきうきとしている。
絶賛して!でも心にもないお世辞は嫌!と言わんばかりの彼女だったが、しかし十神は「素晴らしい演奏だった」とありきたりな一言ですませてしまい、続けてそっと耳打ちした。
「僕に構うより、色んな人が君に話しかけたがってるよ」
そう言われ、身体ごと視線をホールに向ける。なるほど、と唯吹はひとりで頷く。十神白夜の隣に立つ、十神白夜にも引けを取らない若い実力者の彼女に視線が集中していた。彼女なりのアプローチで新たな人脈を探るのも今回の唯吹に任された仕事だった。
「じゃあちょっとみなさんにご挨拶してくるっす…してきます」
肩にかかった髪のつやを照明に反射させ、唯吹は大人達の輪に臆することなく入っていった。その天性の人懐っこさに加え、ある程度の作法を覚えさせられ、相応の言葉遣いを使いわけるよう矯正された彼女は、詐欺師である彼とはまた違った面で、社交界では正に敵無しだったのだ。


「綺麗なリボンですわね」
飲んだ茶葉の種類を当てるという、唯吹の好きなゲーム性を非常に女の子らしい方向に持ちこみ、彼女はやんごとない身分のお嬢様とも問題なく仲良くなった。最高級なのであろう紅茶を飲みながら(この茶葉を持ち帰り、かの料理人に淹れてもらいたいと唯吹は思った)、その合間合間に髪をまとめるリボンを指先で挟むようにして撫でる唯吹に、彼女はそう声をかけた。
「不作法な振る舞いだったよね、ごめんなさい」
唯吹はぱっとリボンから手を放す。あまりに身分違いで、かつ同世代の同性に限定して、唯吹は気さくな話し方を心掛けていた。高貴なお家のお嬢様はたいてい、庶民の女の子には、恭しくされるよりも、友達にするように普通に話しかけた方が断然ウケがいいのだ。
もちろん、普段の体育会系を履き違えたような「〜っす!」はここでも厳禁だが。
「いいえ。とっても似合ってますよ。髪飾りをさわってしまうのは女の子なら避けられない癖ですもの」
穏やかに話す彼女は、気品といい悠然とした立ち居振る舞いといい、あの愛すべき我らが王女に良く似ていた。
「特に大切な人からの贈り物なら余計に」
唯吹がその言葉に身じろぎした拍子、その髪にとまった蝶のように結ばれたパールホワイトの美しいサテン地のリボンが煌めいた。
「それを贈って下さった方は、あなたの魅力を良くわかってらっしゃるのね」
「そ…そうかな?」
「だってあなたにとっても似合ってる」
返す言葉が見つからず、慌てて新しいデザートに手を伸ばそうとして、けれどもやっぱりやめて、唯吹は短く頷いた。 


ドレスのファスナーを上げてもらって、唯吹は投げ出していた靴を履こうと、部屋の隅に置かれた簡易ベッドに身を投げるようにして座る。
「待って、髪がまだ」
言いながら、十神は服と一緒に機関が持たせたジュエリーボックスをベッドまで運んだ。
「どれも重そうでやだ」
「いつも重そうな髪型の人が良く言う」
ごてごてきらきらした豪奢な髪飾りを見て、唯吹は髪を指で梳く。重そうな髪というのはいつもセットしているつののことだろう。その中の一つ、銀のティアラを手にとって眺めていると、その傍らで十神がスーツの内ポケットから何かを取り出した。
「これとかどうだろう」
丁寧に丸められたそれの端をつまみ、唯吹は持ち上げる。
唯吹の指と十神の手の平の間を、橋がかかるようにしてするすると立ち上がったのはパールホワイトの太いリボンだった。確かに、これならジュエリーボックスの中のどの装飾品よりも軽くて演奏の邪魔にはならないだろう。
が。
きょとんとして見上げる唯吹に、弁解するように十神は言葉を紡いだ。
「僕の…だけどお下がりじゃないよ。変装に使おうとして、でも結局使わなかったから新品同然」
二秒ほど時間をかけて飲み込み、唯吹は声を上げて笑った。
「ぎゃははははは! 女装! 白夜ちゃんが女装!」
「う、うるさいな!」
「ねえ、誰に化けようとしたの? あっ! 超高校級の詐欺師さんはパンツまで超高校級に真似しちゃうんすか!? もしかしてブラも!?」
「澪田さん!」
「マスカラとかした!? タイツとか!? ストッキング!? つけまとか盛っちゃったー!? 女の人になる場合っておっぱい増量させるもんなんすか!? 今以上に!? 特盛りいっちょあがり!? ねえねえ!」
一息に盛りあがり、ベッドの上で飛び跳ねて大騒ぎする唯吹に、十神は両手で自分の耳を塞いで何も聞こえないのポーズを取った。
気の済むまで笑った後、仕方なく唯吹も目尻の涙をぬぐって座り、それ以上はこの場では聞かないことにした。
空気を正すように咳払いを一つして、
「ほら、むこう向いて」
剥き出しの肩を捻るようにして押され、唯吹は十神に背を向ける。続いて、軽く頭を押さえられ、櫛が通る感触が髪の上を滑った。髪をさわりながら十神は、黒に白のメッシュが混じり、更にピンクやブルーの入った奇抜な唯吹の髪をなんとか服装に合ったシックなものにしようと考えを巡らせているようだ。唯吹はその思案中の息使いに耳をすませる。
それならばいっそ凝らずにシンプルにしてしまうのがいいだろう、と十神は結論付けたらしく、かと言ってただまとめるだけでは芸に欠ける、唯吹の肩にかかるように横の方で、余裕をもたせてゆるくゴムで結んだ。
「はい、こっち向いて」
唯吹を自分と向き合わせて、なんの飾り気のないただのゴムを隠すように、その上から先程のリボンを結ぶ。丁寧にリボン結びをして、形を整える。大きくて太い指がする繊細な動作がくすぐったくて、唯吹は唇を噛んで笑いを堪えた。控え目にきらきらと白く輝くリボンは、髪に混じる白とはまた違った色で、その黒い髪にも良く映えた。
チェックが終わったらしく、十神の体が離れる。そのままクローゼットまで歩き、開いて、扉の内側にはめられた全身鏡を見せてくれた。
「よく似合う」
「美人?」
「うん」
「もとがいいからっすね」
「僕のお手柄だよ」
満足げな顔をして見せる十神に、唯吹はだめ押しとばかりに、その場でくるんと一回転して見せる。
背中を覆う髪は今は一つにまとめられていて、ばっくり開いたドレスの形そのままに背中が見えているのもまあ、女性らしいと言えば女性らしい。彼女も、もう無邪気なだけの女学生ではいられないのだ。
「でもちょっとセクシーすぎっすね」
「そうだな」
特に否定もせず、十神は打っちゃったままの靴を拾って唯吹の足元に揃えて置いた。本番直前、今度こそ、ようやく唯吹は靴を履いた。


帰路の車の中、揺れも少ない上質なシートの助手席に座った響子が、ミラー越しに後部座席の唯吹に目線を寄こした。
「いいわね」
彼女は言葉少なだが、ちょうどリボンをいじっていたので何に向けられた「いい」なのかは迷うことなく理解できた。響子はその能力柄、唯吹が舞台に上がった瞬間に、ライトを浴びて光るそれが機関が持たせたアクセサリーではないことに気付いていたのだ。
「うん。いいでしょ」
同じく少ない言葉で答える。……かと思いきや、大きな任務を終えて気が緩んだのか、はたまたお嬢様に次いで二度目の指摘が故に余裕ができていたのか、生まれついてのおしゃべりである彼女は眠い目をこすりながら、彼女にブランケットをかけようとする十神が隣にいるというのに、とんでもないことを口にしてくれた。
「唯吹の大切な人が、ベッドでしつらえてくれたんす」
しつらえた! 難しい言葉まで使っちゃって!
と、唯吹の言葉遣いを公用に直々に矯正させた先生であるところの十神は思わず、その発言の内容はそっちのけおかしな点で関心してしまい、それでも手の動きは完璧に止まって、結果的にむにゃむにゃと口を動かす唯吹に取り落としたようにして毛布をかけた。
仮面を被ることなど造作もない詐欺師が型なし、驚き過ぎて、唯吹が毛布を手繰りながらするすると彼の膝の上に頭を寄せたのにも文句を言わず、半ば無意識の内に膝を貸すことになった。
さて、唯吹の誤解されるような物言いは今に始まったことではないからなのか、観察眼をもってすれば彼と彼女の関係性を正しく把握することなど動作もなく、それすらもきっちりと手の内にあるからなのか、それとも、まさかまさか、唯吹の発言は大袈裟でもなく過剰でもない、彼女にとっての真実だけをうっかり漏らしたものの、彼が全く考えに及んでもいないようなのであえて指摘しないのか。
今も昔も超高校級の探偵である霧切響子の頭の中は誰にもわからない。
こればかりは超高校級の幸運であるかの人も、ましてや隣の運転席に鎮座する名もなき男にわかるはずもない。有能な運転手は無口に、ただ車を走らせるだけだ。
響子はミラーの中のふたりから目を逸らした。彼女の胸の内を知るのは彼女だけ。当然だ。