我らがヒーローはものを食べない、飲まない。
必要がないからしないのか、それともできないのか、アンパンマン自身はそれをどう思っているのか。もし食べられないから食べないのだとして、では食べたいと思っているのか。ずうっと前から今の今まで、誰かがつくる料理を見る度に。彼のこの問題に関しては(も?)、カレーパンマンには図り得ないことだった。
「カレーパンマン」
「おーう、なんだアンパンマン――?」
振り向くと、目の先に何かをつまんだ手が突き出されていた。その目を突きそうな程の至近距離に、反射で身を引く。
その際、驚きによって瞳孔がきゅうっと窄まるのに反するように、うっすらと唇が開いた。
小さなビー玉のような硬い玉が、その口の中に差しこまれる。その粒はアンパンマンの手を離れ、カレーパンマンの口内に落とされた。
かろん。
カレーパンマンは目を丸くして、放りこまれたそれを舌でなぞり―――びく! と肩を跳ね上げた。
「メロンパンナちゃんがね、キャンディ姫のところでつくってきたんだって」
アンパンマンはいつものように、優しく笑っていた。
「メロン味だよ。良く出来てるよね」
空になった薄黄緑色の包み紙を手の平に乗せ、指でなぞって皺を伸ばす。
ほんの少し俯き気味のその笑顔は慈愛に満ち満ちていて、それは彼がかの妹分をどれだけ大切にしているか、この狭い部屋だけでは内包しきれずに、僅かな隙間から外へと漏れ出てしまいそうなほどに溢れていた。
「あ、アンパンマン、悪い、オレこれ食べれな……」
眼球にじわりと涙の分厚い膜を張って、カレーパンマンは零す。
唇から茶色い舌をそっと外に出し、先端に乗せられた唾液に濡れててろりと光る飴玉をアンパンマンに見せようとする。
本来ならもっと大袈裟に、大声を上げて部屋中を飛び回って叫んでいるはずなのだが、今回ばかりはアンパンマンがそれを許さなかった。
もちろん彼は、言外に「もし吐き出したらどうなるか」と滲ませるような態度なんてこれっぽっちも取らなかった、し、取れなかった。
そもそもアンパンマンにそんな物騒な思考が存在するはずもない。カレーパンマンが勝手に許されないのだと思いこんでしまっただけだ。
「ぼくの代わりに食べてあげて」
ふんわりと、風が背の低い草を撫でるようにアンパンマンは笑う。
その表情は至って穏やかで、しかし、ならば何故自分で食べないのかという至極当然の追及は一切許さずに(と、またもカレーパンマンは勝手に思い込んだ)、辛党の彼は感情を巡回させ、「ぼくの代わり」に含まれた意味を最後に推し量って、すごすごと舌を引っ込める。
アンパンマンが、性別にさえ囚われなければまるで聖母のようにと表現するのすら必然の瞳で見守る中、小刻みに震え、拳を握りかためてカレーパンマンは己を戒める飴玉を舐めて、すり減らした。
激辛以外は辛味だと認めない彼は、こんなに小さくって、ただまあるいだけの玉で追い詰められる。
陽射しに温められた海のような眼差しで、アンパンマンが手にしている包み紙にささやかなプレゼントをくるんで寄こした彼女のために聞くことはひとつだけ、
「おいしい?」