迫り出た岩を削るように、水流が崖下へと落ちていく。
凄まじい勢いで水を流し続ける滝には直接触れず、鉄火のマキはたゆたう水に足をつけた。
流浪の旅だ、風呂に入れないことなんてざらにある。マキは額に流れる汗を拭い、帯に手をかけた。
ここで水浴びを済ませてしまうのがいいだろう。

強い日差しが湖面に反射し、マキの白い肌を一層明るく照らす。
雫が小さな玉を作り、マキの体をなぞって落ちていく。
じりじりと身を焦がすように熱された岩に腰かけ、マキは荷物をほどく。
手ぬぐいで体を拭いていると、ふと思うことがあって、手を止めた。
(最後に会ったのはいつだったかな)
彼女自慢の、銀シャリのように白い肌に触れる日焼けした手。
なだらかな曲線を描くマキの体をなぞる切れ長の目。
そこまで思い出して…次に連想されるであろう彼の姿が、今、野外であるというのに裸でいる自分にはあまりに毒だと寸で気付き、マキは眉間に皺を寄せて打ち消した。

身なりを整えて、マキは滝を後にする。初夏に差しかかっている陽射しは強く、鋭く、焙られているようにすら感じるほどだ。
鮮度が命の自分とは違って、彼はこの日光でも気持ち良く過ごしているのだろう。
鼻歌でも歌いながら、自分の進む道とは遠く離れたどこかの道を闊歩する彼の姿を描くと、気前のいい彼女には似合わないことに、なんだか妙にささくれだってしまう。
お互い根無し草の旅人だ、そうしょっちゅう会える訳ではい。
だからこそ、今度会ったら、会ったら、………どうしてくれよう。
小石を蹴りながら、マキはその時を想像する。
次の町までの道中を並んで歩く間、出会った人々、新しくできた友人たち、そこで起きた珍妙な出来事を聞かせてやるのだ。
そして今度は彼が、最後に会ってから今までのことを聞かせてくれる。
こうした想像の中ではふたりは饒舌なのだが、実際に会うとさっぱりした薄味の性格からか、旅路を共にしても実に口数が少ない。
しかしそれはそれで、お喋りに長けているわけではないマキにとっては心地良い。彼もそうであることを願う。
名もなき花が風に揺れる姿や、知らない小鳥の囀りに気を取られながら道ならぬ道を歩いている。と、向こう側に、すらりした長身の侍の姿が見えた。薄く色のついた着流し、帯に挿した刀。笠を目深に被っていて顔は見えない、が。
徐々にそれは大きくなっていって、やがてマキはその侍と出会う。

「やあ、かつぶしまんじゃないか」
「おお、マキちゃん」

いつもならそんな風に声をかけるところから始まる。なのだが、今回は例外だった。
笠を押し上げ、かつぶしまんはマキを見下ろした。その目はマキの常とは違う様子を良く見ていた。
熱が籠っているとも、反対に冷え切っているともとれるその瞳に焦らされたように、マキはかつぶしまんの腕を掴んだ。心得たように、かつぶしまんは驚くこともなくマキの好きなようにさせた。
藪をかき分け、ある程度進んだところでマキは振り返る。それと同時に彼に唇をぶつけた。
小鳥のようなと形容するには荒々しい口づけを交わし、舌と舌で溶けあうように混ざり合う。
気のすむまで互いの口内を味わったふたりは、ようやく互いを離す。離しざま、くはっとマキは大きく息を吸った。
「息継ぎが下手なのは変わらぬな」
「………」
にやりとほんのちょっぴり意地悪げに笑うかつぶしまんに、マキはぷいとそっぽを向く。負けじと、しかし口づけの際の息継ぎ云々に関しては負けているのは覆しようのない事実なので、マキは舌をべっと出して、自分が勝てる話題にしてしまう。
「相変わらずそばばっかり食べてるんだろう。麺つゆの味がする」
「マキちゃんこそ、お昼時でもないのに鉄火巻きを召されたな。わさびが効いてるでござる」
きょと…と目を丸くして、一拍置いてからマキはゆっくり舌を引っ込めた。喜色満面を彩るどころか、彼女の真っ白な頬ははほんのり赤くなる。
勝つつもりで振ったわけだったのだが、今度もあっさりとマキはかつぶしまんに負けたのだ。