「歌うことを知らないの?」
「笑うことを知らないの?」
「手を繋ぐことを知らないの?」
「胸の鼓動を知らないの?」
「おいしいものを知らないの?」
「踊ることを知らないの?」


「じゃあ気持ちいいことも知らないの?」


差し伸べられる手を全て払い除け、教えられるものを聞いている振りだけして本心では耳を塞いでいたカーナは、その問いにだって当然「知らない」と答えた。
黒い瞳は目の前の彼女を見てはいない。ただ映しているだけだった。
しかし対する緑の瞳はしっかりとカーナを見つめていた。
「そっかあ……。じゃあ教えてあげる!」
眉をちょっぴり下げて、しかし次の拍子には笑って、メロンパンナは彼女に手を差し出して――
いつもならここで、カーナはその手を払うのだが、メロンパンナの行動は他のみんなとは全く違っていた。
手は差し出されたのではなく、カーナの胴に回され、至近距離から体当たりするようにメロンパンナは背後のベッドへとカーナごと飛び込んだのだ。
ふかふかの布団に身を沈め、きょとんとしたカーナは、視界を埋める天井の木目に戸惑う。
肘をついて起き上がろうとするカーナの太ももにちょこんと座って、メロンパンナは照れたように、しかし確実に楽しそうにぴょこんと首を傾けて見せた。無邪気にも、だ。
「えへへ、あたしいっつも教えられてばっかりだから、誰かに教えてあげるのって初めて。嬉しいなあ」
ふわふわという擬態語がぴったりなくらいに穏やかに笑って、メロンパンナはカーナの襟元に手を伸ばす。
「な、なにを……」
僅かに怯えてカーナが問うとメロンパンナは、ほとんど無表情である彼女であろうとも、そこに滲む恐れをしっかりと読みとり、ひょいと上目で空を見上げた。
「えーと、こういう時なんて言うんだっけ………。あ、そうだ」
心得たように、メロンパンナは得意げにカーナに身を寄せ、耳元で囁く。
「『安心して下さい、可愛らしいお嬢さん。悪いようにはしませんから』」
「は……」
しかしカーナは、普段のメロンパンナとは違う口調、ほんのちょっと下げられた声のトーン、まるで「誰かの演技をしている」ような彼女にますます戸惑ってしまう。
「あれ? 違う?」
そんなカーナの反応に、メロンパンナは唇に人差し指を当てて考え込む。
「じゃあ……『カーナちゃんはじっとしててね。嫌だったら嫌だって言ってね』」
「い、いやだ」
またも口調を変えたメロンパンナに言われた通り、嫌な予感しかしないカーナはそう口にする。外の世界に来てから、知らないものや人にたくさん会って来たが、それらは全て間違っているのだ。きっとメロンパンナがしようとしていることも間違っている。
しかし彼女はカーナの拒否にもめげず、むしろ彼女のその姿勢は草木を撫でるそよ風のような、可愛らしい子どもの反抗くらいのものにしてしまう。
「大丈夫だよ、初めはちょっとびっくりするけど」
カーナの手をぎゅっと握り、メロンパンナは彼女の耳に寄せていた唇を離し、彼女の正面へと回る。
今度こそカーナはその暗い色合いの瞳をもってして、メロンパンナを見た。
小鳥だった記憶のないカーナと、彼女が小鳥だったと知らないメロンパンナであったが、メロンパンナにとって、カーナは放っておけない、愛でるべき存在である小鳥なのかもしれない。
未だ強張っているものの、カーナから抵抗の気配がなくなったのを察したメロンパンナは、彼女の服を解いていった。


「あ、ああ……」
そのまあるい手が、一体どうやってカーナの内側に潜ってきているのか、彼女には解らない。
カーナはベッドに体を預け、顔を背けてクッションに頬を押し付けてただじっとしているだけだ。
「カーナちゃん、気持ちいい? 誰かとこうするのって素敵でしょ」
メロンパンナの口調は朗らかだ。彼女の音声だけ聞けば、とてもこんな淫猥な場面とは結びつかない。
カーナはクッションに後頭部を擦りつけた。それは首を左右に振ったようにも見えたし、体が感じる快楽に心が追いつけていないようにも見えた。
くにくに、ふにふにと柔らかい肉芽を揉まれ、むずがゆいを既に通り越した熱を抱くカーナは、逃げるように、この夢から目覚めようとするように内股を擦り合わせる。
しかしその動作によって、カーナの秘部にあったメロンパンナの手は、ますますカーナの中に押し込められていくのだ。
「きゃあん!!」
甲高く、可愛らしい叫びにメロンパンナはぱちくり驚いた後、嬉しそうに声を弾ませる。
「わあ、カーナちゃん可愛い」
カーナの腿に手を置き、動かない様にそうっと片手で押さえて、深く入り込んでしまった指を抜く。
中に溢れる水分を指に絡め、壁をこすりながら出ていくその感覚に、カーナは弾かれるように叫んだ。
「やだ、だめ……ぇ!」
メロンパンナは可愛らしく、頭のてっぺんにはてなマークを浮かべる。
「もっとして欲しいってこと? もうしないでってこと?」
あくあくと口をぱくつかせて、忙しなく酸素を吸い込むカーナはそれには答えない。
答えられないのだ、だって自分でもどうしてそんなことを口走ったのかわからない。
「間違ってる……!」
それでもカーナはほとんど無意識の内にそう呟く。母からの教えだけは曲げずに、己の身の置き所をそう口にすることで確立し直している。
「こんなの、こんなのしあわせじゃ……はぁあ……しあわせ、なんかじゃ、ない……」


カーナが、彼女の心に巣食い始めた「間違った幸せ」に籠絡される日も近い。