椅子にふんぞって、籠に盛られたバナナを次々と手に取り皮だけに変えていくばいきんまんの表情は、熟し切ったバナナのようにとろけていた。おいしいものを食べる幸せに緩み切った間抜け面とも言えよう。
「ふーむ」
それを見ながら、髪を一房人差し指に巻きつけて、バンナは思案顔をする。
「いつもならいっちばんでかい風呂に通すんだが、お前たちどちらも湯船には向いてなさそうだな……。なら、よし」
肩にかかった髪を背に流し、バンナは立ち上がる。アンパンマンの肘を取って立たせ、ついでにばいきんまんの首根っこを掴むのも忘れない。
「どこに行くの?」
「いいところさ」
上機嫌に答えるバンナは、詳しく話す気などさらさらなさそうで、
アンパンマンはバナナにかじりつきっぱなしで引きずられるがままのばいきんまんのしっぽを掴み上げ、無理やり立たせた。
王座の後ろ、赤いビロードの幕を捲り、宮殿の更に奥へと進んで行く。
「なんかすっごいのってなに?」
「とびっきりのバナナだ」
「やっぱりバナナなんだね」
「もちろん!」
アンパンマンが思わず笑みを漏らすと、バンナも自信たっぷりに頷いた。
「バナナはたっくさんあるけど、とびっきりのバナナはひとつしかないから、みんなにいっぺんに振る舞ってやることはできないんだ。やってみるにはやってみたけど、次の日男衆がどいつもこいつも使いものにならなくて! だから今回はおまえたちふたりだけ」
「使いものにならない? みんなお腹いっぱいで動けなかったってこと?」
「ふむ、まあ、お腹はいっぱいだっただろうな、うん」
アンパンマンの問いかけにバンナは腕を組み、こくこくと頷く。
その拍子にバンナの手から放り出されて、ばいきんまんは一回尻もち(「あだだっ!!」)を挟んでからようやく自分の足で立ち上がった。
彼が投げ捨てたバナナの皮を拾って、アンパンマンはばいきんまんの頭にそっとそれを乗せる。と、すかさず斜め下かたぎろりと睨まれる。
「なにしてんだ」
「よく似合ってるよ。王様みたい」
穏やかにアンパンマンが微笑むと、ふん!と鼻を鳴らして頭のバナナの皮を払い、ばいきんまんはそっぽを向いた。

(原稿用紙19枚分省略)

「なぜなら、わたしがこの島で他の誰よりも優れているからだ。一番すごいんだ、いちばーん偉いんだ」
「だからわたしが王なんだ」
「なんて当たり前で面白くもないこと言うと思ったか?」


「一番歌がじょうず? 一番かしこい? あ、わかった、バナナを育てるのが一番うまいんだ。そうでしょう?」
「一番の美人を女王にするんじゃないのか?」
「照れるぞ!」
ばいきんまんの背中をばちん!と叩く。
「島には屈強な男共がごまんといるのにどうして皇帝ではなく女帝が立っているのか。もちろん親の身分を世襲したんじゃない、この島のおきてはそんなつまらないものじゃない……」
バナナの皮を取り上げ、まるでそれを薔薇鞭のようにしてぺちぺちとアンパンマンの頬を叩くように撫でた。
「お・し・え・て・や・ろ・う・か?」


「わたしのが一番すごいんだ。大きさも太さも固さも、持ち主のわたし自身も……」
「それだけでも王たる者の条件としては十二分に満たしている。が、わたしのは一味もふた味も違って、」
「いい匂いがするんだ。男共のとは違って」

「なにがいい匂いなの?」
「だから、バナナがだよ」

(原稿用紙69枚分省略)

「お前のところのあのカレーパンマン。褐色肌には親近感が湧くし、着ているものもセンスがいい。あの肌に白いバナナはさぞ映えるだろうな! ただ、性格が私とぶつかるのがな……、そこが最大のネックなんだ」
「しょくぱんまんは好みだよ。この島の男は色黒ばかりだから特別目を引くし。だからどちらかというとわたしがあいつを囲むんじゃなくて、男共にあいつを囲ませたらどうかな。良く映えるし、絵になりそう」
「年下はいいんだけど、あんまりちいさいのはな……飼えば女王の貫録はつくだろうけど。ん、いや、小さければ小さいほど私好みに育てやすいのか……考えてみよう」
「ああ、あの女の子。うふふ。いいな、わたしと彼女じゃ生産性がまったくないのに、あえて城に置いて何年も何年もずーっとずーっと可愛がるんだろう?」
「ああいう我が強くて長年一途にひとりの男を慕っている女こそ、一番容易くどうにでもなる。わたしに半年も任せてもらえれば、お前に返す頃にはすっかり『ばいきんまんさま〜』って……おい、かみつくんじゃない!!
 わたしはお前のながーい舌が気に入ったんだ、その牙はしまっておけ! それともまだ食い足りないのか?」
「まったくばいきんまんは食いしん坊だな!」

(原稿用紙877枚分省略)

窓際に立ち、手で影をつくってさんさんと照りつける太陽を見上げてから、バンナは部屋の奥、ベッドの足元を振り返った。
島すべてに愛されたかのように美しく染められた長い髪だけがひらりと揺れる。履いていないスカートは揺れようがない……。
「私は元気だぞ」

「ぼくたちはぜんぜん元気じゃないです……」
ぐったりとしたアンパンマンの背中にかぶさるように、「はひい」、ばいきんまんの哀れっぽい掠れ声が零れた。