「たとえばの話なんだけどさ、崖があって、下はふかーい谷、その崖の切り立ったところにオレとメロンパンナちゃんがぶら下がってたとする。しょ」
「メロンパンナちゃん」
「はやい! せめてしょくぱんまんはどっちを先に助ける? くらい言わせてくれよ!!」
「だってそう続くのがセオリーでしょう。こんなところで『しょくぱんまんはカレーとしょくぱんどっちがおいしいと思う?』なんて続けていつもの喧嘩したってしょうがないですし」
「カ・レ・エ! っていうかそれよりも先に『どっちもマントで飛べばいいじゃないですか』だろ」
「あ、そうか。しょーくーぱーんー」
「そしたらオレが『どっちもマントは破れてて飛べないんだ。』って条件を足して、その上で、どっ」
「メロンパンナちゃん」
「ふっ。まあオレだってこの条件だけでオレを助けろなんて言わないさ」
「他にどんな条件をつけるつもりです」
「そうだな、えーと、メロンパンナがそんな状況に陥ってたら何を置いてもロールパンナが来るだろ」
「ああ、『たすけてーロールパンナおねえちゃーん』?」
「そうそう」
「『ローラァッ!!』でしょ?」
「そうそう。だからしょくぱんまんはオレを助けざるを得ない」
「えーっ。でもロールパンナちゃんが来るまで何秒かでも時間がかかるでしょう? いくらロールパンナちゃんとはいえ瞬間移動はできませんし。私が、ロールパンナちゃんが来るだろうからメロンパンナちゃんは彼女に任せよう〜ってあなたに手を伸ばすとして、救出中にロールパンナちゃんがきたら?」
「メロンパンナを助けるだろ?」
「助けた後は?」
「またどっか飛んでいくんだろ?」
「去り際、メロンパンナを放っておくとはいい度胸だなって言われない?」
「言われないだろ……と思うけど」
「かといって先にメロンパンナちゃんを助けようとしてそこにロールパンナちゃんが来たら、それはそれでなんかね。私の妹にさわるな! 私の仕事をとるな! なんてことになったりして」
「でもロールパンナが来たら両方助かるじゃん」
「ねえ、さっきから前提がおかしいですよ。 こういうのって助けることのできる立場のひとりが、絶体絶命の大ピンチに陥ってるふたりの内どちらを助けるか……人を天秤にかけるような質問でしょう? それなのに別の人が助けに来るだろうからそっち放っておいて自分を助けろって、話が破綻してますよ」
「う、うん。そうだな」
「だから、外部の助っ人を持ち出すんじゃなくて、あなた達自身の条件を変えたら?」
「はん?」
「ですからロールパンナちゃんが来てくれるから…じゃなくて、メロンパンナちゃんその人自身にあなたより有利な条件を追加するんですよ。たとえば、彼女のマントは破れているけれどそれでもなんとか飛べるレベルだ、とか」
「ふんふん」
「そしてカレーパンマンのマントは見るも無残にずたずただ、とか」
「なぁる! じゃあ、その条件で! オレのマントはズタボロ、メロンパンナのマントはちょっと破けてる。オレたちを助けられるのはしょくぱんまんだけ。さあ! どーっちだ!」
「メロンパンナちゃん」
「なああああああああんでえ!? オレを助ける流れだったじゃん!!」
「カレーパンマンは身軽ですから、ひょいっと飛びあがれると思うんですよね。わたしたち、パンですから大した体重でもないし」
「くうっ……じゃあ……えーと、カレーパンマンも女の子だとしたら!?」
「おや迷走し始めた。両方女の子となると……うーん。でもカレーパンマンだしぃ……」
「じゃっ、じゃあメロンパンナちゃんがメロンパンナくんだと!?」
「あなたは女の子のまま?」
「そ」
「ううーん……男の子といえどメロンパンナちゃんだし……女の子といえどカレーパンマンだし」
「………」
「やっぱりメロンパンナちゃんですね」
「じゃあこうしよう、メロンパンナくんはランプのまじんも真っ青な5メートル越えのマッチョである」
「えー」
「どう?」
「じゃあついでに、あなたはとっても非力で握力なんてあってないようなもの、編み棒より重いものは持てないくらいにか弱い乙女にしといたら?」
「じゃ、それで」
「そうなると、まあ、カレーパンマンになりますよね。しぶしぶ、カレーパンマンになりますよね」
「ふふん」
「で、その後カレーパンマンと協力してメロンパンナちゃんを助けます。あ、メロンパンナくんをね、カレーパンマンちゃんと」
「うん」
「これで満足ですか? ずいぶんとごてごて後付け設定がついちゃいましたけど」
「うん、フェミニストで紳士なしょくぱんまんにメロンパンナよりもカレーパンマンを優先させるには、オレを非力な女の子にして、メロンパンナをマッチョガイにしないといけない。よくわかりました。
 そりゃあまあ当然だよな。オレだって、もともと優先して貰おうなんて思ってないし。
 本題はここからだ」
「はあ。まだあるんですか」
「アンパンマンだったら?」
「メロンパンナとオレじゃなくて、アンパンマンとオレだったら?」
「はっ」
「アンパンマンと、オレ。両方マントはなし」
「えー………。
 ……ねえ、やめましょう。なんか、ちょっと悪趣味ですよ」
「そうかな」
「そうですよ……こんなの」
「わかった。やめる」
「………長い前置きをしたわりに、あっさり引き下がるんですね。助かりますけど…」
「つまり、しょくぱんまんにとってオレはメロンパンナよりずっと下、でもそれはオレとメロンパンナは……なんていうか立ってるステージ自体が違ってるんだよ、オレとメロンパンナの性別が違う限り。
 で、更にオレはアンパンマンよりちょっと下。でも、こっちはメロンパンナとオレの場合と違って、オレとアンパンマンが立ってるステージは同じ」
「ちょっと待って。さっき答えを出さなかったことと、カレーパンマンとアンパンマンを天秤にかけてアンパンマンを取ったことはイコールにならないでしょう」
「そういうことにしてもいいけど」
「してもいいんじゃなくて、そうなんですよ!
 なんだか、今日のカレーパンマンおかしいです、らしくない。わたしにあなた達を天秤にかけさせようとするのも、そうやってへんなこと言いだすのも」
「ごめん」
「どっちかなんて選べるわけないでしょ」
「そうだよな」
「あなただって困るでしょう、私に、しょくぱんまんかアンパンマンどっちを助ける? なんて聞かれたって」
「アンパンマン」
「……はっ?」
「アンパンマン助けるけど」
「………わたしより先に?」
「アンパンマンを助ける」
「わたしより先に? アンパンマンを?」
「うん」
「はあ……はぁあああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜………」
「それ溜め息? 脱力してんの?」
「だって、人をさんざん困らせておいて自分は迷いもしないなんて」
「でも自分だってうやむやにしようとした手前、オレだけを怒れないし?」
「怒りますよ! ふつうに!」
「だってアンパンマンがピンチだぜ。そりゃ先になるよ」
「そ…そうですけど!」
「ほら! しょくぱんまんだってアンパンマン助けるんじゃん! おあいこ!」
「け、結果的にはそうですけどお……なんなんです、いったい何がしたかったんですかっ」
「いじわるさ」
「はっ?」
「オレ、しょくぱんまんにいじわるしたかったんだ」