騎馬王丸にラクロア城を一通り案内したリリ姫は、最後に辿り着いた扉の前で振り返り、にっこりと笑った。
優雅に手の平で指し示して、騎馬王丸に扉を開いてみるように促す。
先程までは扉という扉は全て後方に控えていたゼロに開かせていたのだが、この部屋だけは彼に開けさせたいらしい。
脇に退いたリリ姫の横に進み出て、騎馬王丸は両開きのドアを押した。
扉と床の擦れる軽やかな音と共に、室内の空気が混ぜっ返される。
「今日からこの部屋をお好きに使ってくださいな」
言いながらラクロアの調度品で囲まれた個室を横切り、リリ姫は窓の鍵に手をかける。
空に向かってガラスは押し広げられ、室内に爽やかな風を舞い込ませた。
「すまないな。しかし、ただの居候に城のスペースを割いて良いものなのか?」
「あなたにはしっかりと政治を学んで頂いて、天宮に揺るぐことのない平和を持ち帰って頂かないといけませんからね。勉強するのに環境は重要です」
穏やかだが堅実な声色と口振りでリリ姫は語る。
逆光を浴びるリリ姫に、騎馬王丸は濁りのない疑問を投げかけた。
「なぜそこまで他国を気にかける?」
風は緩やかにベールをはためかせる。リリ姫はほんの少し間を置いてから答えた。
「……元気丸とあなたのような悲劇、たとえ我が領域でなくとももう誰にも繰り返させはしません。そのためならわたしも尽力いたします」
自分よりもずっと幼いあの小さな武者が、一人で抱えてきた思いや覚悟を彼女はすぐ傍で見た。それは片平だけだったが、それだけでも彼女の胸に強烈な蟠りを残すのに十分だった。今あの幼い武者は天宮のために国を回っている。
その彼が戦乱の世を平和で均すまでに、彼女は確固不抜の土台を作り上げると決めたのだ。
幼いながらも一国の主としての聡明な気品を滲ませるリリ姫は、しかし一転して少女の愛らしい顔をしてみせた。
「それに、これからは天宮とも友好関係を築いていきたいですし」
「ほお」
手の平を合わせ、ぱちんとウィンクしたリリ姫の思惑に、騎馬王丸は耳を傾ける。
「あなたにラクロアのことを学んで頂くだけでなく、わたしも天宮の歴史を学びたいと思います。今やラクロアと天宮は浅からぬ仲。うちの騎士もそちらの若武者さんと良いお友達のようなので」
「うちのナイト……あやつか」
「あやつです」
ふたりは開け放されたままの扉から、廊下に目をやる。
そこにはゼロがお付きの任務を心得たように――否、それならば己も部屋に入ってさっさと扉を閉めているはずである。では何をしているのかというと、彼はさっきからずっと、廊下の窓からひっきりなしにやって来るお客さん達に手を焼いていた。
「あっちがっ、小鳥さんたち、すまないがこれは止まり木ではないんだ。さあ、えさをやるからあっちに……あっこら、いてっ」
白い大きなハリセンを、ちよちよとさえずりながら青い小鳥が彩る。
ごく弱い力で、やさしーくハリセンを左右に振るゼロに、ささやかだが数だけはめっちゃあるくちばしの反撃が降り注いだ。