すぱこん!
小気味よく、かつ豪快に響いた音を聴覚が捕らえる。突然であったのと、強烈な痛みは伴うものの、毎回毎回音ばかりが大きいために一拍置いてから、本来その音よりも先に感じるはずの痛みがじわりと脳を震わせた。
「なぜ今叩いた!」
振り向きざま、背後に立つ者に、騎馬王丸は僅かに声を荒げる。誰の仕業かなどと確認するまでもない。
「ぼーっとしてるからだ」
何故だか誇らしげに、竹刀でそうするようにハリセンで肩をぽんぽん叩くゼロは、自分がこう振る舞うのは当然だと言わんばかりの態度だった。
「ただそれを使いたいだけだろう」
こんな若輩者相手にむきになっても仕方ない、一息にクールダウンして騎馬王丸がそう指摘すると、
「なにを言う! そんなことはない、絶対にないぞお!」
手の中のそれをぎゅうっと握りしめ、ゼロは大袈裟にぶんぶん頭を振るのだった。それでは図星を指されたと大きく顔に書いているようなものだ。
生まれながらの騎士ガンダム、誰に対しても(例外は極たまにあれど)騎士としての道に準じて、真っ当に接してきた彼だからこそ、その少々手荒な教育手段を得てからこっち、初めて触れる物珍しいそれがどうにも気に入ってしまっている。……要ははまっているのだ。
やれやれ、と騎馬王丸はさっさとゼロに背を向ける。それに対して「馬鹿にした!」という至極子どもっぽい理由でゼロがまた叩こうとするなどとは思っていないが、この流れでこれ以上一緒にいても、恐らくはいいことはない。
例えば主語もなく、元気にしてるかなあ、など、聞いているこっちも同じく主語を抜かしてやって、元気にしてるさと返してやってもいいと思っているのに、別に心配してるわけじゃないからな! と次の瞬間には誰にも何も言われていないのに、怒鳴ったり。
リリ姫に始まり、城の目上の者全てに従い、目下の者や国民には紳士に振る舞う騎士ガンダムだから(対等な立場の気の許せる同僚は、ゼロにはいない。ここラクロアには、まだ)、騎馬王丸はひとり、彼のそういう面倒な独り言を聞かされる可能性ばかりを抱えなくてはいけないわけだ。
廊下を進んで行くと、丁度扉から出てきたリリ姫と出くわした。騎馬王丸はほんの少し忠告の意味も込めて声をかける。
「あやつ、あれを振るうのが癖になっておるぞ!」
背伸びして、リリ姫は騎馬王丸の後方に、件のあやつがその場からは既に姿を消していることを確認し、
「そのようですね。そんなに楽しいのかしら」
室内でもあの大きな音は聞こえていたらしく、くすくすと唇に手を当てて上品に笑う。
「姫は食らったことがないからそうやって笑えるのだ、あれはそれなりに痛い」
「肩ですか、それとも頭?」
「あたま!」
憤慨して、けれどもきっちりと答える騎馬王丸に、リリ姫はますます吹き出してしまう。
これは取るに足らないどうでも良いことなのだが、成長も幾分落ち着いた女の子であるリリ姫の身長でも、騎馬王丸と話す時は彼を見下ろすことになる。ということは、威厳たっぷり、黒雲立ち込める雷のような姿形のごつい武者が、彼女を見上げてくるということだ。ほんの数センチ分しか違いがなくても、下から。
それを現在進行形で視感しているリリ姫は、これ以上笑いのつぼにはまる前にと、絹に包まれた指で目尻の涙を拭って話題を変えた。
「ああ、頭と言えば、騎馬王丸の後ろ姿はなかなか可愛らしいですね」
「かわ……?」
「まるで大きなリボンをつけてるみたい」