本番前、スタジオの隅でまいんは手鏡に自分の顔を映して前髪を整えていた。
「だいじょうぶ?」
鏡を持っているミサンガに目線を移動させ、前髪を指差して聞く。
「うん。でもちょっと気にしすぎじゃないのか?」
「そんなことないもん。テレビに出るんだから、ちゃんとしないと」
今度は人差し指を唇の端に当て、
「にーっ」
と釣りあげてみる。笑顔の練習だ。しかし、
「あ、いた」
まいんは急にそれを止め、代わりに口元を手で押さえた。
「どうしたまいん」
ミサンガはそれを傍らのテーブルに鏡を置き、まいんに近づく。
「なんか、べろにぷちっとしたものができてるの」
ミサンガを見上げて、まいんは唇をふにゃふにゃさせた。
「べーってしてみて」
「べー」
小さな唇が薄く開かれ、そこからぬっと出された舌をまじまじと見る。先端に近いところに、ぷつりと小さなとんがりが出来ていた。
「ほんとだ。うーん、胃が荒れてるのかも」
「あたし、変なもの食べちゃったのかな。でもミサンガにはできてないよね」
まいんとミサンガの食生活はほとんど一緒だ。ミサンガは頷いて、ふむと考える。
「ストレスか? 心当たりある?」
「ううん、ない。どうやったら治るのかなぁ」
不安げに眉を寄せながら、まいんは口の中でくちゅくちゅと舌を動かした。
「あんまり触らない方がいいぞ。ほっとけば治るから」
「そうなの?」
「舌のできものなんてそんなものだよ。いじらずに放っておくのが一番」
「うん」
まいんは解ったと頷いて、そのついでとばかりに、自分から離れようとしていたミサンガのほっぺたを両手で挟んだ。
「ちゅっ」
と可愛らしい音を立てて…ではなく、自分で実際にそう効果音を口にして、まいんはミサンガに口づけた。
「えへ」
小首を傾げて、頬に人差し指を当て、まいんはぽかんとしているミサンガに笑ってみせる。次第に口をひん曲げて、ひくひくとさせるミサンガに、まいんはふひゅーふひゅーと吹けない口笛を吹く。
緊張しないためのおまじないのようなものなんだから、そんなに怒らなくてもいいのに…なんて思いながら、こっそりミサンガを見やると、小さな妖精はぐっとまいんに近づいて来た。
驚いて、まいんはエプロンの裾を翻してミサンガに向き合う。と、ミサンガはその小さな両手で、まいんの唇の両端を押さえた。
空を滑るように距離を詰めて、口を大きく開け、その割には随分やんわりとまいんの上唇を食んだ。
思わず、うっすらと開いてしまったまいんの口から覗く舌に、ミサンガはごく弱い力で噛みつく。
「えあ」
小さな歯で、まいんの舌の尖りを撫でる。
触れられた途端、ちくんとした痛みが広がり、まいんは声を上げた。
「いったぁ」
すると、ミサンガはちょっと慌てたように体を離した。
まいんがひりひりする舌を突き出し、唇を尖らせて睨むと、
「お返しだよ」
ぷいとそっぽを向いて、どこかへ行ってしまった。
「あっ……もー、ミサンガったら」
ぷくうっと頬を膨らませ、まいんは拳を腰に当てる。
「まいんちゃん、本番でーす」
「はーい!」
ADからかかった声に元気良く返事をして、まいんはほんのりと熱をもった顔を冷やすため、手の平で頬を挟んだ。
ミサンガも、あの赤くなった顔をどうにか冷やそうとしているところかな、と考えながら。