テンカイヘイシの語るところ、それはスタピーがまだ生まれてもいない頃の話だった。
彼女の兄は魔物が封印されている壺をテンカイから海に落っことし、同じく海に落っこちてしまった彼は、封印が解かれた魔物を再び壺に閉じ込めるために、そしてテンカイに帰るために大海原を冒険したという。
「オーグラに勇敢に立ち向かっていくスタフィー王子といったら、それは格好良かったのです。天駆ける王子の姿はまるで夜空の流れ星のようでした」
「ふううん」
ぱたぱたと足を揺らして、スタピーはヘイシの話に相槌を打つ。
ほんの少し離れたところでは、話題になっているスタフィーが、そうとは知らずに相棒のキョロスケと何やらゲームに興じている。
「私達ときたら、初めはキョロスケさんのこと、海でお困りのスタフィー様に同行を申し出て、それでスタフィー様が新たに従えた家来だと思っていたんです」
ふたりがわちゃわちゃと遊ぶのを見て、ヘイシが呟く。スタピーはぷっと吹き出した。
「あいつがそんなたまかいな」
スタピーの知っているキョロスケは、間違ってもそんな殊勝なことはしない。
自分が初めて彼等と旅に出た際、彼は自分と兄の親分、一行のまとめ役と言っていた。それでも以前と比べれば随分と丸くなったとロブじいさんが言っていたから、それより数年前ならきっと、
「せやな、あのハマグリのことやから、むしろ兄ちゃんのほうがキョロスケさまの家来やとか言ったんちゃう?」
「さすがスタピー様!」
ヘイシはぱちんと手を合わせる。笑えばいいのか、キョロスケの態度に憤慨すればいいか、スタピーは咄嗟には決められなかった。ので取り合えず笑ってから怒った。
「まあ今のハマグリはそんなこと言わんやろうし、過去のことやから水に流したるわ」
けらけら笑うのも、ぷんぷん怒るのも数秒間だけ。気持ち良く切り替わって、スタピーは彼等の仲間に入れてもらおうと立ち上がる。
訓練に向かうヘイシに手を振り、スタピーは玉座の間に敷かれた絨毯をとことこ横断する。
さて、そこに至った詳しい経緯は解らないものの、さっきスタピーが口にした「今のキョロスケはスタフィーを家来などとは呼ばない」が「呼ばない」などという控え目で言葉にしない真実ではなく、言葉として働きかける真実として存在していることを、スタピーはリボンを結んだ耳で捕らえることになる。今からだ。
広げていたカードでの遊びが一段落したらしい、絨毯に肘をついたスタフィーが何やらキョロスケに耳打ちして、ふんふん頷いていた彼は、喋り終えたスタフィーが彼の貝殻から手を離すと、その貝殻をぱっくり開けて飛び跳ねるアクションをとった。
お陰で良く見える、黒い中身に白抜きのにっこり目。
「さすがオレさまのスタフィーだぜ!」
おっちょこちょいでドジなスタフィーはもうひとりぼっちの王子じゃないのだ。