昔々、ある所に首領パッチと言うたいそう可愛らしい娘がおりました。
首領パッチは、お婆様が縫ってくれた朱色の頭巾が大好きで、いつもいつも頭巾を被っていたので皆からはパチずきんちゃんと呼ばれていました。
ある日、パチずきんはお母様に、森のお婆様のお家へワインとケーキを持っていくようにお使いを頼まれました。
「はあー?お使いだあ? パス。オレ忙しいもん」
パチずきんはボーボボお母様の言う事を聞かず、床に寝そべりコレクションの世界珍獣カードを眺めていました。
ですが、ボーボボお母様の、
「行け。さもなくば逝かせる」
との一言でパチずきんは、これは行かないと晩飯抜きじゃ済まされない、と大急ぎでボーボボお母様から籠を受け取りお家を出ました。
「ふっざけんなよあの母親が、逝かせるってあの世にかあ!?」
ぷんぷん怒りながら、パチずきんは森に入りました。お婆様のお家には何度か行った事があるので、道には迷わない筈でした。ですが、
「だいたい何がパチずきんだよ、おふざけもいい加減にしろよな。ってゆーか、こーゆーのはパチ美のオレの方がはまり役だってのに、不細工になるしこっちの方が可愛いからやめろって、皆して何言ってんだよ」
と、いつまでも愚痴愚痴と言っていたので、足元への注意が散漫になってしまい、終いには道を見失ってしまいました。
「……ま、別にいっかー」
パチずきんは、迷った事に大して焦ったり慌てたりはしませんでした。森の動物達に聞けばすぐに道を教えてくれるからです。さっそくパチずきんは動物を探し始めました。
「うおーい、リスさあん、ウサギさあん、クマさあん、道聞きたいんだけどー」
ですが、いくら呼んでも誰も出てきてくれません。
木の裏を見てみても、何も見つかりませんでした。
「誰でも良いから、居たら返事しろーい」
パチずきんは手を口の両端に当てて、遠くまで聞こえるように言いました。
すると、がさがさとパチずきんの後ろに茫々と生えた草を掻き分ける音がしました。
ウサギさんかな、クマさんかな、とパチずきんは考えましたが、しばらくして見えた顔はウサギでもクマでもありませんでした。
「おや」
まず聞こえたのが、幼い女の子がお父さんの真似をしようとして、できる限り低めに出せるよう工夫した声でした。
次に見えたのが、綺麗な桃色の髪でした。その頭には茶色い三角に尖った耳が引っ付いていました。ふさふさのしっぽがおしりに付いていたので、パチずきんはおおかみだと気付きました。
「どうされましたか、娘さん」
「いやお前がどうしたんだよ」
間髪を入れずパチずきんはビュティおおかみのしっぽを引っ張りました。しっぽの毛がちょっと安物っぽかったからです。
「おい、これ絶対金かかってねーだろ」
「うるさいよ。首領パッチくんだって頭巾しか衣装ないじゃないの」
おおかみビュティは声を低くするのを忘れて、いつも通りの声で言いました。
「てめーおおかみ耳って反応し辛いぞ。わざとか?」
「私だって、おおかみなんかより七人の小人のおとぼけがやりたかった…」
「おいおいおいおい赤ずきんちゃんと白雪姫の区別も付かないのか?」
「付くもん。話は違うけどやりたかったの」
ふたりは台本には無い台詞を永遠と喋っていました。ですが、そこはやはりおおかみといえどビュティ、いい加減話を本筋に戻さないとな、と思いました。
「ちょっと首領パッチくん、お話進めないといけないから、ちゃんとついて来てよ」
「んー、わかった」
こほんこほんとビュティおおかみは咳をして、声を低くする準備をしました。
「娘さん、どうやらお困りの様子。わたくしで良ければお手伝いいたしましょう」
「ノリノリだなお前……あらおおかみさん。助かったわ、お婆さまのお家に行きたいの。道を教えてくださいな」
「承知致しました。ではついて来てください」
パチずきんが思っていたよりビュティおおかみの演技は上手かったので、パチずきんはなんだか腹が立ちました。
何でオレがこいつなんかについてかなきゃいけねーんだよ、とパチずきんはずんずんとおおかみビュティを追い抜かして歩き出しました。
「あっ、首領パ…娘さん、道わかるんですか?」
素に戻りそうになって、慌ててビュティおおかみはアドリブを効かせました。その慌てっぷりを見たパチずきんは、ざまあみろ、と童話の主人公らしからぬ台詞を心の中だけで言いました。
「わかるかぶわーか!!知るかぶわーか!!ふざけんなぶわーか!!」
ぶわーかを連呼している自分が一番ばかだという事には気付かず、パチずきんはすたすたと歩き続けました。別に迷ったっていいじゃん、むしろ何もハプニングが起きないでこのままめでたしめでたしで終わった方がおかしいじゃないか、とパチずきんは思いました。
だってこれはギャグ漫画。だって主人公はハジケリスト。
「危な」
「どわっ」
ビュティおおかみは、そっちはちょっと地面にくぼみがあるからちゃんと下を見て歩かないと危ないよ、と言うつもりでした。ですが、少し言うのが遅かったようです。
パチずきんは、がくんと階段を一段踏み外してしまったみたいに、いままでより少し下がった地面に不安定に着地しました。
「誰だあ!?こんな所に落とし穴掘った奴、見っけたらぶちのめしてや」
パチずきんは、ぐるりと周りを見回し、最後まで言葉を言い切れませんでした。落とし穴だからへっこんでいるのかと思えば、そこはお花畑でした。
ぽかあんとするパチずきんにビュティおおかみはほっとしました。方法は違えど、とりあえずパチずきんをお花畑につれて来る事はできたからです。
ビュティおおかみは、パチずきんの勝手な行動のせいで省かれた分だけ台本のページをとばしました。
「そうだ娘さん、ここで花をいくつか摘んではいかがでしょうか。お婆様もきっとお喜びになられるでしょう」
そう言って、ビュティおおかみはパチずきんに笑い掛けようとしました。ですが、目の前に居るはずのパチずきんが居ませんでした。
「どこ行ったのよ。どこ逝ったのよ」
さすがのビュティも苛ついて、チッと舌打ちをしました。青い目はとても鋭く、これぞおおかみが腹を空かせた時の表情だ、と言っても大袈裟ではないような顔でした。
「おーい。こっちこっちいー」
お馬鹿で能天気な声が遠くの方から聞こえてきました。ビュティおおかみは顔を上げてみましたが、声の主は見当たりませんでした。
「どこー」
「こっちー」
だからこっちじゃ解んねーよ、とビュティおおかみは毒づきましたが、パチずきんが
「こっちー」
と、またもや呼ぶので、声が聞こえる方向を頼りに花の上を歩きました。
「どこー」
「こっちー」
しばらく進んで、辺りを見回しますが、目立つはずの朱色の球体はどこにも見えません。
「どこよ?」
「ここだって」
ふう、とビュティおおかみはため息をつきました。ですが、さっきまでの腹を空かせたおおかみのような表情ではなくて、このちょっと変わった隠れんぼを楽しんでいるようでした。
「ちょっと待っててよ、すぐ駆けつけるから」
「おー、なんか少年漫画の台詞みてーだ」
「いい加減お話に戻らなきゃだめだよー」
「えー、構わねーよ。面倒臭いし」
「んー。どこどこー?」
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
ぱちぱちと手拍子が花畑に小さく広がりました。
目隠し鬼ごっこでもないのに、片一方がもう片一方を探すという点では隠れんぼうなのに、隠れている方が手を鳴らしています。探す方も手を鳴らし始めました。
「音近い、音近い」
パチずきんはこの遊びが大変気に入ったようで、大はしゃぎしながら言いました。
「ううん?結構聞こえるのにまだ見えないんだけど…」
ビュティおおかみが心底不思議そうに言うので、パチずきんは笑いを堪えるのが大変でした。
でも、そろそろじいっと隠れるのも辛くなってきました。なので、パチずきんは手元の色鮮やかな花を掴み、空へと放り投げました。
その花が見えたのか、ビュティおおかみは、
「あ」
と呟き、とたとたと走ってきました。
地面が草花で覆われているせいか、足音がさっぱりパチずきんの耳に入ってきません。
パチずきんはちょっとだけ待ちました。すると、ビュティおおかみが上から顔を現しました。
「これじゃ解んないよー」
花に埋もれて寝転んでいるパチずきんを見て、ビュティおおかみは笑って言いました。
これでは朱色の球体は遠くから見ても解りませんし、近くで見ても目立ちません。首領パッチくんにしては良く考えた隠れ場所だな、とビュティおおかみは思いました。
でも、まあ何も考えずにただ楽しそうだったからここにしたのかも、とも思いました。
「見つかっちゃったーい」
パチずきんはそう言ってもう一度手元の花を上へと放り投げました。花は見事にビュティおおかみの顔に当たりました。
「ぷ、は」
首を振ってビュティおおかみは花を払いのけました。花は重力に従って、真下に居るパチずきんのおでこにふわりと着地しました。
そして、何がおかしいのか、ふたりとも大きな大きな声を上げて笑いました。
「あーなんで笑ってんだか」
「ほんと、なんでだろ」
しばらくして、まだふたりとも笑いながら言いました。いつの間にか、ビュティおおかみはパチずきんの横に寝転がっていました。
「いつ話に戻るんだ?」
「いつにしよー」
「台本ではオレが花を摘んでいる間にお前がばーさんを食ってオレを待つ、って感じだったよな?」
「そーそー」
相槌を打ったビュティおおかみでしたが、ふと、台本を無視してしまっても大して問題にならないんじゃないのか、と思いました。
だってこれはギャグ漫画。だって主人公はハジケリスト。
「ねー、ここで話進めちゃわない?」
「ふたりだけでどーやって?ばーさんや猟師は?」
パチずきんの顔には、それは不可能だと思ってはいるものの、面倒臭い事はやりたくないから、ここで終われるんならそうしてしまいたい、という気持ちがありありと映し出されていました。
なので、ビュティおおかみは言いました。
「私がお婆さんに化けてる時の台詞言ってみて」
パチずきんは寝転んだままビュティおおかみの方を向きました。
「どうしてお婆様のお耳はそんなに大きいの?」
「それはお前の声をよく聞くためだよ」
「どうしてお婆様の目はそんなに大きいの?」
「それはお前の姿をよく見るためだよ」
「どうしてお婆のお鼻はそんなに大きいの?」
「それはお前の香りをよく嗅ぐためだよ」
いよいよ最後の台詞です。ここで食われたら猟師は助けに来れないんじゃないのか、とパチずきんは気付きましたが、同時に、そんな事を大した事とは思えませんでした。めでたしめでたしで終わらない童話もたまには良いかもしれません。
「どうしてお婆様のお口はそんなに大きいの?」
最後の台詞をパチずきんが言うと、にこ、とビュティおおかみは笑いました。
そしてビュティおおかみは肘を付いて、ゆっくりとパチずきんの上へと体を持ってきました。
「それはお前を食べるためさ」
めでたしめでたしな終わり方じゃねーな、とパチずきんは呟きたかったのですが、なにしろすぐに口を塞がれたので、それすら侭ならなかったとさ。