学校から帰ってきたメロンパンナは、通学用のリュックサックを自室に置いて、スケッチブックを抱えて1階に下りてきた。
先程ただいまの挨拶をしたばかりのアンパンマンの元に駆け寄り、メロンパンナは、
「あのね、図工の宿題でお家の人を描かなきゃいけないの。アンパンマン、モデルになって」
にっこり笑ってそうお願いした。
「も、モデル……?」
しかし、畏まった場で大勢に見つめられたり、舞台に上げられると緊張でかちこちになってしまう上がり症な我らがヒーローは、
「え、ええと」
「ジャムおじさんは?」
「でもぼく、これからパトロールだし」
「しょくぱんまんなんてぴったりだと思うけどなぁ…」
なんてごにょごにょと口籠った。
「ぼくを描いても楽しくないと思うよ」
よっぽどこういったことが苦手なのか、ついにこんなことまで言ってしまう。
きょとんとしながらアンパンマンの言葉を聞いていたメロンパンナは、申し訳なさそうにしながらも逃げたくておろおろしている彼をますます不思議がった。
上がり症なのは知っているけど、何もクラス全員の前に引っ張り出してモデルをしろと言っているわけではないのだから、そこまで構えなくてもいいのに…。
メロンパンナがそう思っているよりも、ずっとずっと恥ずかしがりなアンパンマンなのだが、しかし、
「だってアンパンマンが描きたいんだもん」
至極当然の顔をしてメロンパンナが放ったこの一言で、ついにアンパンマンは頷いた。
負けちゃった、と言わんばかりにちょっぴりと肩が落ちてはいたが。

椅子に座り、スケッチブックを開いて、メロンパンナは腕をいっぱいに伸ばして、えんぴつを握った手を顔の前に持っていく。アンパンマンの体の中心にえんぴつを合わせる…のだが、かちんこちんに直立不動しているアンパンマンを見て、そこまで苦手だったか、とメロンパンナは思わず目を見開いてしまう。そして笑って、
「ごめんねアンパンマン。じっとしてなくていいわ、いつも通りにしてて」
そう言う。すると、まるで魔法が解けたように…と言うには随分とぎこちなかったけれど、
「いいの? ごめんね」
ほっとしてアンパンマンは肩の力を抜いた。
パトロールまではまだ時間があるし、今日はジャムおじさん達は街まで出かけている。
二階に引っ込むわけにもいかないので、いつも通りにパン工場の掃除をしたり、小麦粉の在庫を点検したりと、一階でできる仕事をこなす。しかし、
(ううう、やっぱり恥ずかしい……)
ほうきの持ち手にもたれるようにして、アンパンマンはこっそりメロンパンナに背を向けた。 まじまじと見つめられるのも、スケッチブックに描かれている彼の姿と、目の前にいる本物の彼とを見比べるために熱心な視線を注がれるのも、どちらもアンパンマンにとっては相当の苦行だ。
(でも、メロンパンナちゃんの宿題だし…)
マントを羽織った背中を、メロンパンナがじーっと見つめているのが背中越しでも解ってしまうアンパンマンだったが、覚悟を決めて唇を引き結び、振り返る。
ゆっくりとスライドさせた視界の中で、かまどの傍に椅子を置いて座っているメロンパンナと目が合う。
「あ」
ぱちんと一つ瞬いて、それからメロンパンナはふんわりと笑った。
熟したメロンが、フォークでつつかれてとろんと崩れるような微笑みだった。
「やっとこっち向いてくれた」
見たことのないメロンパンナの笑顔に唖然として、アンパンマンはただただ固まってしまう。
しかし直ぐにはっとして、
「……あ、うん、ごめんね」
と慌てて手の中のほうきを握りしめる。
すると、すうっと溶け去るように、その笑顔はメロンパンナから消えた。代わりに、いつものにっこりとした笑みが現れる。
驚くと同時に、何故だかそれにほっとしながら、アンパンマンは床を掃きつつ考える。
(なんだったんだろう、さっきのメロンパンナちゃん……)
答えは、幼いメロンパンナが持つ母性だったり、親しい兄に対する親愛の情だったり、ヒーローに対する憧れの眼差しだったりを込めたものだったのだけれど、生憎「みんなの」アンパンマンにはそれが解らなかった。
もっとも、メロンパンナはメロンパンナで、そんな風な笑顔をしていたことなど、また、そんな笑顔が自分にできたことすら知らなかったのだけれど。