「おーっほっほっほっほ!」
開いた大振りの扇で甲高い笑い声を発する口元を隠し、煌びやかの度が過ぎて下品の域にまで達しているドレスの裾を跳ね上げ、爪先でバケツを蹴り飛ばす。
「ああっ」
跳ねあがる水しぶきに、雑巾で床を拭いていた少女は小さな声を上げた。
「やーだわ、あんたがさっさと片付けないでもたもたしてるから、あたしのドレスが汚れちゃったじゃない。どんくさい子!」
扇をたたみ、自慢のドレスの裾を指す。しかし、そこには汚れなど見当たらない。狡猾な姉は自分に水がかからない様に、かつ妹の仕事が増えるように仕向けたのだ。それも妹が愚鈍なせいだ、と当て擦りまでつけて。
「ご、ごめんなさい…」
怯えきった少女は、けれども懸命に手を動かして床に広がった汚水を拭おうとする。
波打った燃えるように赤い髪を背中に垂らし、それとお揃いの色をしたルージュを塗りたくった姉は、「いーい、次にあたしが来るまでに拭けてなきゃ晩ご飯抜きだからね」
と、どうせその食事の準備も妹にさせるつもりのくせに、高圧的な態度で言い放つ。
父なき今、この家の誰にも逆らえない末娘は、
「はい、カレーパンマンお姉さま……」
耐えるように、きゅっと雑巾を持つ手を握った。

「メロンデレラ。その床掃除が終わったらこれを縫ってくださらない? 裾がほつれちゃって大変なの」
艶やかな金髪を巻いて作ったカールを何本も何本も跳ねさせながら、もう一人の姉が少女にお気に入りの上着を指し示す。
「はい、しょくぱんまんお姉さま」
ピンクのチークを分厚く塗った姉に、妹は雑巾を絞りながらそう返す。
「それが終わったら次は煙突掃除。日が暮れないうちに済ませなさい」
指先で巻き髪をもてあそび、姉はどっかりとソファーに座って、薄汚れた服装で床に跪く妹を声もなくせせら笑った。

「きゃあ」
煙突を掃除しようと、高い所に吊るされた掃除用具を取ろうとした末娘は、不安定な踏み台から足を踏み外し、床に尻もちをついてしまう。
「わ、大丈夫? メロンパ――」
全てを飲み込む闇のような黒髪は真っ直ぐで、身にまとうドレスもけばけばしい継母が駆け寄ろうとして、後ろから両肩をぐわっしと捕まえられた。
驚いて振り返ると、並んだ姉妹がそれぞれ片手を伸ばし、継母の肩を掴んでいた。
ふたりは至極焦った表情をしていて、ぶんぶんと勢い良く首を横に振って見せる。
はっとした継母は、手にしていたが放り投げる寸前だった扇を開いて口元を隠し、もう片方の手を腰に当てた。
「……ま、まー、な、なな、なんて、つかえないこなのかしら。え、えーと、えー……」
かちこちになってどもる継母に、
「『あなた達、こんな子は放っておいて、今夜の舞踏会の用意をするわよ』」
金髪の長女が小声で助け船を出した。
「あ、あなーた達、こん、んーなこはほうっておいて、こんやのぶとうかいのよういをひる、するわ・よー!」
つっかえつっかえしながら、やっとそう言った継母は、姉妹を引きつれて部屋から出ていく。
が、長い長いドレスの裾を踏んづけた次女が隣の長女ごと床に倒れ、そうはさすまいと、継母の腰を飾る大きなリボンを引っ掴んだ長女によって引きずり落とされた継母が、姉妹の上に折り重なって倒れる。
「お、おかあさま、お姉さま、大丈夫……?」
末娘が彼女たちを恐る恐る覗きこんだ。
「へ、へいきよ……」
金髪の姉が目をぐるぐる回したまま強がった。


「はっひふっへほー!」
屋敷に住みついたネズミ達と遊んでいると、真っ黒なマントを羽織ってとんがり帽子を被った魔女が、もくもくの煙と小さな破裂音と共に現れた。
「あなたはだあれ? あたしはメロンデレラ」
「小粋な魔女さんと呼んで。それよりあなた、舞踏会にはいかないのん?」
「えっとね…」
「んまーぁ! なんて可哀想なメロンデレラなんでしょ!」
継母と姉二人が末娘に仕事を押し付けて舞踏会にでかけたことを知ると、魔女はおいおいと泣きだし、手伝わせてくれないかと言いだした。
鼻水をずるずるいわせて詰め寄る魔女に、少女はちょっぴり困りながら、けれど興味はあったので申し出を受け入れた。
「いくぞ〜……バイカルマジカルレナナーレ!」


長い長い階段を上り、漸く辿りついた会場の上座。
豪奢な王座に腰かけていた王子は、その綺麗な顔に戸惑いを浮かべていた。
「め、メロンパンナ」
少女の姿を見つけた王子は、一直線に彼女の元へとやって来た。
「私は一体どうしたらいいんだ。いきなりのことで……」
驚きに満ちた表情で、王子を見つめていた少女は、
「おねえ…! 王子様」
ドレスの裾をつまみ、軽く持ち上げて膝をちょこんと曲げた。
緑色の瞳で、目の前に広がる二つの澄んだ青い海を見つめ、
「あたしと踊って頂けませんか」
いつもの柔らかく甘いものではなくて、その声はどこか固かった。


そうしてメロンデレラは王子様と一緒に末長く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

「きいいーっ! なによメロンデレラのやつ、自分だけ幸せになっちゃってー!」
「わたしを差し置いて許せませんわ! ねえお母様!」
「良かったねー、メロン……デレラにロール王子」