代わりに我らがメロンパンナちゃんがお答えします。



パン工場に彼らが集まるのは実は珍しい。
小学校にしょくぱんを配って回る給食のお兄さんを生業にしているしょくぱんまんに、パトロールに人助け、いつもの困ったちゃんの相手と毎日忙しいアンパンマン。
カレーパンマンはカレーパンマンで新しいカレーを開発するのに余念なく、カレーをみんなに食べさせて回っているし、メロンパンナはジャムおじさんのお手伝いと小学校とヒーローの三足わらじだ。
彼らが父の元であるパン工場に一斉に集まるのは一か月に一回あるかないかくらいで、今回はヤギおじさんのところでひいた小麦粉を運ぶために人手が必要だったために全員が呼ばれたのだ。
「……あれって楽しいのかなぁ」
メロンパンナは飲んでいたメロンジュースのストローから口を離した。小麦粉をパン工場に運び終えた一同は急ぐ用もないので、未だパン工場に留まっている。
「あれ?」
隣の椅子に腰かけていたアンパンマンが首を傾げる。 メロンパンナの視線を辿る。と、
「やっぱり夏はぴりっと辛いスタミナ満点カレーが一番だよな!」
「わかってませんねぇ、熱い夏にこそひんやり冷えたサラダサンドイッチがおいしいんですよ」
いつも通りのふたりがいた。こいつらときたら、じゃれ合いの延長でああしているのと、半ば本気で自分の存在価値の方が上だと相手に知らしめるために言い合っているのとが混ざりあっていて、巻き込まれると非常に厄介なのだ。
「ああ。あれかあ」
「アンパンマンはどう思う?」
「どっちもおいしいと思うよ。カレーもしょくぱんも」
「えっとね、そうじゃなくって、アンパンマンは参加しないのかなあって」
「参加…あそこに?」
「うん」
「うーん…」
メロンパンナにそう聞かれ、アンパンマンはあのふたりの間に「喧嘩を止める」という目的以外のために、要は自己主張のために割って入っていく自分を思い描こうとして、でもさっぱり、全く、ちっともできなかった。
「それは出来ないけど、でもちょっと羨ましいな、ああいう風に言い合えるのって。ぼくはちょっと」
元々激しく言い合ったり、対立したりは得意ではない性格だ。でも、喧嘩するほど…がぴったり当てはまる彼らの友情の形は羨ましい。恐らく自分には築けない関係だと思う。ああ、ばいきんまんは置いといて……。
優しい笑顔を浮かべてしょくぱんまんとカレーパンマンを見守るアンパンマン。
それを隣で目の当たりにしたメロンパンナは唇をきゅっと結んで、椅子から立ちあがった。
「カレーパンマン、しょくぱんまん!」
とことこ駆けていって、言い争うふたりの間に手を伸ばし、体を割り込ませる。 滅多にないことに驚いて、カレーパンマンもしょくぱんまんもぴたりと争いを止めた。
基本的にこのふたりが口喧嘩をしていてもみんな放置、反応があったとしても、ああまたやってるくらいだから。
「ふたりとも甘いわ。カレーよりしょくぱんより、メロンパンの方がみーんなから好かれてるんだから!」
誰かが割り込んできただけでも珍しい、それも止めるでなく参戦しようとしている。 且つその人物はおよそ激しい自己主張の似合わないメロンパンナだったから、カレーパンマンとしょくぱんまんは呆然とするしかなかった。
「女の子はメロンパンが大・大・だーい好きなのよ。さくさくのビスケット、メロンジュースたっぷりのふわふわ生地、中にあまーいメロンクリームだって入れられちゃうし、他のくだものとの相性も抜群!」
「メロンパンナちゃん…?」
「ねっ、そう思うでしょアンパンマン!」
握った小さな拳を胸の前で上下させて一生懸命自画自賛していたメロンパンナは、そこでアンパンマンを振り返った。
「う、うん、そうだね…」
カレーパンマン達と同じく唖然としていたアンパンマンは、メロンパンナにそう聞かれて、戸惑い気味に頷いて見せる。 けれどメロンパンナは頬を膨らませ、握った拳を振りおろした。
「そうじゃなくって、ここはアンパンマンがアンパンのいいところを並べるの!」
「え? あ……」
水を向けられたアンパンマンはおろおろしてカレーパンマンとしょくぱんまんに助けを求める。 しかし、どちらも彼がなんと言うのか興味があるようで、じいっとアンパンマンを注意深く見ているだけだ。
陸に打ち上げられた金魚のようにぱくぱくと口を開いて閉じてを繰り返し、それからやっとアンパンマンは声を振り絞った。
「アンパンもおいしいと思うな、ぼくは…」
「うんうん」
まるで完璧な優等生で通ってしまっているがために我がままの言えない長男の主張を初めて聞いた弟妹のように、メロンパンナ達はどこか嬉しそうな表情でこくこくと頷く。
「それから?」
「ほかには?」
が、
「………えーと、じゃ、じゃあぼくパトロールに…」
三人の視線から逃げ出すように立ち上がり、かまどへと駆けようとするアンパンマンにメロンパンナ達はずっこける。
「そ、それだけ?」
「それだけって言われても……」
「もっと、アンパンは世界一おいしいとか、しょくぱんやカレーやメロンパンよりずうーっと愛されてるとか…」
「みんなおいしくて、みんないろんな人たちから愛されてるよ」
メロンパンナに催促されても、アンパンマンは主張を変えなかった。
「それはそうだけど、でも」
そうだ、カレーパンマンとしょくぱんまんの喧嘩はいつだって、どっちもおいしいに辿り着く。どんぶりまんトリオもそうだし、他のみんなも腕前や味での勝負はしょっちゅうあることだけれど、みんながみんな、どんなに派手な喧嘩をしても、比べることなんてできないという一点に帰っていく。
けれどもアンパンマンは最初からその結論を手にしている。 誰と喧嘩するでもなく、主張を食い違わせていがみ合うこともなく、彼はみんなが帰って来るところに最初から立っている。
そうして一歩もそこから動かない。
寂しい。
なんだか堪らなくなって、メロンパンナはアンパンマンのところに飛んでいった。
はてなマークを浮かべて不思議がるアンパンマンに無理して微笑んで見せて、メロンパンナは唇を開く。
「甘くて、しっとりしてて、おいしくて」
けれども、一ついいところを挙げるごとに、彼女の笑顔はだんだんと明るく、自然になっていった。
「勇敢で、優しくって、強くって、」
最後にはばんざいの要領で両手を広げ、
「みんな大好きみんなのヒーロー!」
メロンパンナはそう締めくくる。
満ち足りて、とても有意義なことをした後のようにメロンパンナがうきうきとしていると、しょくぱんまんから声がかかった。
「ねえメロンパンナちゃん」
「?」
「途中からアンパンじゃなくてアンパンマンのことになってますよ」

「……あ」

ぽふん。可愛らしい音を立てて、メロンパンナはほのかに赤く頬を染めた。