「すてきなしょくぱんまん」での一場面を都合よくお送りします。



やっかいな子に掴まった。カレーパンマンは隠そうともせずに、げんなりした表情をしてみせた。
この子が自分に声をかけて始まる会話ややりとりにはおよそ碌な事がない。今回は会話で始まってすらいないから、いつもよりもーっと碌なことにならないに違いない、決まってる。
「あんたに化けてしょくぱんまん様のお傍にいるの! うふ、ドキンちゃんあったまいい」
てっぺんのつのをぴょこんと揺らして、ドキンちゃんは眼下のカレーパンマンに向けてえへんと胸を張る。
カレーパンマンが適当に散歩していたら木の上から赤い弾丸が降ってきて、そのドキンちゃんときたら背中を地面に打ち付けた彼の腹の上に間髪いれず乗り上げたのだ。
「あ、あのなあ……」
怒りではなく(その段階はもう過ぎた)、呆れと諦めから目と口元を引きつらせる。やっぱりドキンちゃんの射程距離内にはしょくぱんまんしかいない。
こうなったら怒鳴るか蹴り上げてでも退けるかしないと、と思った矢先、ドキンちゃんはカレーパンマンの二の腕を鷲掴んで、ぐるんとうつ伏せになるよう引っくり返した。
そして、
「いっでぇえええええ!!!」
ごきん! と関節を外しにかかる勢いで掴んだ腕をカレーパンマン自身の背中へと無理やりに回す。
「おごご……ぐ、ど、ドキンちゃん、こんなことするくらいなら、しょくぱんまんに真っ向からぶつかっていけばいいじゃないか!」
痛みに涙が眼球にじわりと染みてくる。背中に伸しかかる体重、その持ち主、地面に擦れる胸や頬、鼻先で香る土、何もかもが自分を嫌っているように感じた。同時に、上等だ、とも。
カレーパンマンの叫びに、ドキンちゃんの大きな瞳はぱちくりと瞬き、
「だめよ」
「だってあたしバイキンだもの」
あっけらかんと言い切った。
悲観してない分、なんだか却って寂しい。カレーパンマンは軋む体をなんとか楽にしようと、押し潰されながらも体を捩じる。
「ら、らしくないな。オレ、君はそういうの気にしない子かと思っ―――!!」
喋られたのはそこまでだった。
びーっとガムテープが千切られる音が頭の上でして、次の瞬間にはべたりとそれがカレーパンマンの大きな口を塞いでいた。
「ぐ…むー!」
片手とおしりはカレーパンマンを押さえつけたまま、空いている手でドキンUFOをリモコン操作する。
黄色いマジックハンドはカレーパンマンに抵抗させる隙をちっとも与えずに彼を縄で縛りあげた。
機械の大きな手は、操縦士の意思を反映したように、捕らえた体をおざなりに座席に放り込む。
「しばらくそこで大人しくしててねー♪」
キャノピーを閉め、ロックして、ドキンちゃんはお手製のカレーパンマン変身グッズに身を包む。
「ふぅう!! んー!!」
足をばたばたさせて、カレーパンマンがUFOを内側から蹴る。
しかし健闘むなしく、あのいたずらが過ぎる科学者が彼女のためにつくった乗り物はびくともしなかった。びくとも。

足元からごっそりと地面が消えて、妹とお揃いになるかというくらいドキンちゃんの体から血の気が引いた。
「ひっ…ひやーーあーーー!!」
階段を一段踏み外してしまった時の、胃の嫌な浮遊感をいつまでも持続するかのようだ。
しかしその叫び声は長くは続かなかった。新たな衝撃を与えられ、喉が引き絞られて声も出ないほど驚かされたのだ。
スクロールしていた空はぴたりと止まり、目の前には雲が緩やかに流れる平穏な光景が広がる。視界の端で黄色いマントがばたばたと忙しなくなびいた。
ドキンちゃんを受け止めたそいつは彼女を、乱暴ではないが紳士でもない、たとえば気を使って地面に近づくにつれて速度を緩めたり、うまくバランスを取って立てるように手を取ったりはせず、予備動作なく地面に下ろした。
よろけたドキンちゃんが、しっかりとした足取りで立ったのだけ確認して、
「しょくぱんまんじゃなくて悪かったな」
カレーパンマンはぷいとそっぽを向いて、そのちょっとした身振りの続きなだけ、とでも言うように飛んで行ってしまった。
はっとしたのち、ドキンちゃんはぷるぷると震える。ぽかんとしてしまって、お礼を言う前に消えてしまった。
大体、彼女が今回の作戦を思いついたのも、しょくぱんまんに会おうとする度にその横にカレーパンマンがいて声をかけられなかったというパターンが偶然にも何回か続いてしまったので、こうなったら……で実行に踏み切ったのに。
ひどい仕打ちをして、それでも助けてもらったのになんだが、ドキンちゃんは、
「やっぱり気に入らなーい!」
もう見えなくなった背中に向かって、ぽかぽかと宙を殴りつけた。