――アンパンマンへ
  とびきりおいしいバナナがとれたので遊びに来て下さい。
                        バンナ――

バナナ型の小さな空飛ぶ船が吐き出した手紙を読む。この文面に、食事はできないんだけどな、とアンパンマンは声に出さずにこっそり思う。
バナナ島の一大事を救った大スターとして祭り上げられたあの夜に繰り広げられた、「食べ物や飲み物を勧められる度に一々断るアンパンマン」という図は島の誰にとってもかなり珍妙な光景で、覚えていてもよさそうなものだ。が、あの女王さまは騒ぎに乗じて男衆の酒をこっそり拝借していたから、覚えていないのはそのせいかもしれない。
と、ここで裏の文字がなにか透けているのに気付き、手紙を引っくり返す。

――というのはもちろん口実だぞ。おまえひとりで来いよ。待ってるから。――


手紙を表に戻し、宛名を確認する。書いてあるのはやっぱり自分の名前だ。
アンパンマンはカレンダーを確認する、今日は特に大きな仕事はない。
「ジャムおじさん、バナナ島に遊びに行ってもいいですか?」
一仕事終わり、コーヒーを淹れていたジャムおじさんのところに寄っていって、アンパンマンは受け取った手紙を見せた。この時、ひみつめいた色っぽい裏面の文まで見せてしまうのがアンパンマンのアンパンマンたる所以である。しかしジャムおじさんもジャムおじさんで、そんな文面を見せられても眉ひとつ動かさない。
それどころか、穏やかな顔でコーヒーをすすった。
「ああ、あの島はわたしも気になっていたところなんだ。こうやって手紙をくれるなら元気でやっているみたいだけど」
一口飲んだだけですぐさまカップを置き、ジャムおじさんはチェアから立ち上がる。
「ちょっと待っていなさい。急いで焼くから、パンをお土産に持っていっておくれ」
ピンク色のバスケットにたくさん焼き立てのパンを詰めて、アンパンマンはバナナ島を訪れた。バンナ王女はアンパンマンを招待したことを公にはしなかったらしい。人々はアンパンマンの登場にひとしきり驚いた後、快く迎えてくれた。島の男が囁くには、「私的なお誘い」というやつだそうだ。
(といっても、お客さんを呼ぶたびに毎回毎回、国民全員に知らせることもないんだろうけど。立場こそ女王さまだけど、子どもみたいだったし、友達と遊びたい時はあって当然だよね)
バンナ女王の宮廷の、謁見の間に通される。
「来たか、アンパンマン」
籐で複雑に編まれた王座に、肘をつき、その手の甲に頬を添え、胸を張って偉そうに(実際偉いのだが)座ったバンナが、王座から三歩ほど下がった辺りの床を強く指さす。この辺までなら近寄るのを許す、という動作だろうか。アンパンマンは進み出る。
「こんにちはバンナちゃん。みんな元気そうだね、よかった」
「島も島の者たちも、ついでにわたしも上々だ」
快活に笑って、かと思えばバンナは笑顔はそのままに、おもむろに腕を王座の裏側へ回した。
細い腕で、なにやら黒くてじたばたしている生き物を掴み、引きずり出す。
「あ、ばいきんまん!?」
「こいつも呼んだんだ。いいだろ」
許可を求めるようなニュアンスではなく、獲物を見せびらかすような「いいだろ」だった。アンパンマンとばいきんまんを同じタイミングで招待するのは彼女にとってはいいアイデアらしい。
しっぽを捕まれていたばいきんまんだったが、まるでバナナの皮を投げ捨てるような動作でアンパンマンの足元に放りだされる。
「なんでおれさまが行くとこ行くとこ、必ずおまえが出てくるんだ!もういやっ!」
さっそくアンパンマンに飛び蹴りを入れるばいきんまんだったが、アンパンマンは素早い動きでその足を掬う。同時に、パン入りバスケットをバンナにパスしておくのも忘れない。
転がせたばいきんまんの首根っこを、アンパンマンは自分の腿の間で挟み、ばいきんまんの腿の裏を高々と持ち上げ、そのまま両脚抱えパイル・ドライバーへと持ちこむ。
脳天に一発キツイのをもらったばいきんまんは目を回したが、ろくに回復しない内に再びアンパンマンにかかっていった。
「おい、おまえたちののっぴきならないその関係。今日だけでいいんだ、わたしに免じて仲良くしてくれないか。見てるぶんにはおもしろいんだけど、日が沈んじゃうよ」
言いながら、バンナはバスケットの蓋に鼻を近づけてくんくん香りを嗅ぐ。
アンパンマンはばいきんまんにかけていたバーニング・ハンマーを解いた。
「それ、ジャムおじさんが焼いたパンです。バタコさんがつくったパインジャムの瓶もいっしょに入ってる」
「ありがと。スライスバナナをのせて食べるよ」

ふたりにソファーを勧め、お茶を(ばいきんまんに)振る舞い、アンパンマンとばいきんまんが一息ついたタイミングで、バンナは一際えらそうに足を組みかえた。
「さあて、おまえたちを呼んだのは他でもない」
「おれさまにバナナと、あとなんかすっごいの食わせてくれるんだろ!」
嬉しそうに、ばいきんまんはばさばさと手紙を振った。アンパンマンがそれを取り上げる。
何故か便箋は二枚もあって、一枚目は「めでたしめでたし」そのあとのバナナ島について、バイキン城の住人の様子を伺い、更には打倒アンパンマンの夢が叶うよう激励の一文まで入っていた。
二枚目の便箋は、何故か鉛筆でこすられて真っ黒。しかし、そこに浮かびあがっている白い文字はアンパンマンのものと同じだった。
「いやあ! だって、ジャムおじさんもバタコさんも、アンパンマンに宛てた手紙を勝手に読まないって確信が持てたけど、ドキンちゃんとホラーマンはわからなかったんだもん。ぱっとじゃわからないように細工したんだ」
その細工と意図を見事に見抜き、ドキンちゃんにもホラーマンにも悟られずに出てきたばいきんまんは、誇らしいらしく、えっへん!と胸を張っていた。バイキン城の住人の中で自分だけが呼ばれた理由を、彼は何時も通り、やっぱり食べ物と結びつけたのだ。
「えらいぞばいきんまん。褒めてつかわす」
バンナが手を伸ばしてばいきんまんの顎をこちょこちょ撫でると、自慢げな表情をしていた顔は途端におかしな形になった。
「おれさま犬じゃないし」
「チーズにだって誰もそんなことしないよ」
ばいきんまんがその言葉の意味を理解し、噛みつく前に、アンパンマンはバンナに向き直る。
「でも、どうしてぼくたちだけなの? それとも別々に、ひとりひとりにこういう招待状を?」
「いいや、今日はおまえたちだけさ」
パチンと指を鳴らす。と、従者が籠に盛った大量のバナナを運んできた。アンパンマンの背丈ほど高く積んである。続いて、キンキンに冷えて表面に水滴のついた銀のポットと、グラス。
それがテーブルに置くか置かれないかのところで、ばいきんまんはさっそく手を伸ばし、一房自分の前に置き、皮を剥き始める。
「いっただきまーす!」
にこにこしながらおいしそうに頬張るばいきんまんを、バンナは手を組み、その上に顎を乗せて見つめる。こちらの笑顔は、解り易く表現するなら「にやにや」だ。
「おまえたちを呼んだのは他でもない」
先程と同じ台詞をバンナは、今度はばいきんまんに遮られないで発した。
「バナナと、あとなんかすっごいの食わせてやるためだよ」